第10話 入学試験

 アスタレシア王立魔法学院の入学試験日はあっという間にやって来た────


 レイはソフィリアの見送りを受けて、屋敷を出る。

 脇道からメインストリートに出て、道なりにしばらく進んでいくと噴水のある円形の大きな広場に出る。

 そこからY字に道が別れており、左に進めば王立修剣学院、右に進めば王立魔法学院なので、レイは迷わず右に進む。


 そこからまたしばらく歩き、緩やかで長い石の階段を上っていくと────


「で、でっかいな……!?」


 一言で表すと『城』だった。

 大きな塀で囲われた中にある魔法学院の校舎は、ルビリアの街並みにあった古風な建築様式で建てられた石造り。

 門には衛兵が二人立っていた。


 レイがその威容に気圧されているうちにも、おそらく受験生であろう若者達が次々と門を潜っていく。


「よし……学費免除のために特待を取らねば……ッ!」


 レイはそう気合いを入れて、人の流れに乗ってアスタレシア王立魔法学院の大きな門を潜るのだった────



 □■□■□■



 午前試験:筆記────


 受験者数およそ二百人強。

 魔法学院の各教室に一定人数ごとに割り振られ、入室した順番の席に座り、そこで筆記試験を行う。


 教科は数学、物理、歴史、魔法理論基礎の四教科。

 そう、四教科…………


(え、四教科……? 数学、物理はまぁそこそこに……歴史? え、何それ美味しいのッ!?)


 レイは今にも泣きたい気分だった。

 心のどこかで、堕天使ソフィリアに魔法を習っているんだから試験なんて余裕だろうと考えていた。

 甘かった………甘すぎた。


 魔法の知識だけあれば合格できるわけではないらしい。

 受験要項をきちんと読んでおくべきだったと、レイは今更ながらに後悔する。

 そして、容赦なく試験は開始された────


 一時間目数学、二時間目物理は何とか出来た。

 三時間目の歴史…………


 “右図は聖歴一二四年に発表されたアスタレシア王国近衛魔法騎士団の在り方について記された一文である。これを何というか答えなさい”


「…………」


 レイの額に脂汗が滲む。


(知らねぇーよ!? 何だよ魔法騎士団の在り方って!? もしかしたらソフィーが何か言ってなかったっけ……?)


 レイは頭をフル回転させ、ソフィーと過ごした記憶を振り返っていく。

 そして、ある日それらしい会話になったことがあったような気が────


『私が人間の魔法師で凄いと思う人ぉ? そんなのいるわけないじゃないですか~。

 確かこの国には近衛魔法騎士団? みたいなのがあるらしいですが、大層な名前語っても所詮はたかが生まれて数十年の人間。どうあがいても、天なる高みにいる私が凄いと思う域には到達できないでしょうね』


(アイツに答えを求めた俺がバカだった……)


 ────レイの歴史の出来は散々だった。


 しかし、四時間目の魔法理論基礎は、ソフィリアに魔法の真髄を叩き込まれているレイにとってはあくびが出てしまうほどに簡単だった。


 そして、昼休憩の間にソフィリアに持たされた弁当を食べ、レイは次の試験会場である広大なグラウンドへ向かった────



 □■□■□■



 グラウンドに出た受験者全員は専用の魔法具によって魔力容量キャパシティを測定したあと、何十人かずつに分けられ、数ヵ所で同時並行に次の試験が進められる。


 ちなみにレイの魔力容量キャパシティは平均より見劣りする数値であった────


 そして最後は、単純な魔法師としての戦闘力を測る試験。

 二十体の自律駆動式魔法人形が用意され、それを一分間で何体倒せるかを計測するというものだ。


 レイのいるグループでも、順番に次々と試験が進められていく。


(大体十体くらいか……)


 レイは自分より前の順番の受験生の結果や、他のグループの受験生の結果などをさらっと見ながら、同年代の魔法師の実力を推測する。


 そして、ようやくやって来たレイの番。

 レイは魔法人形二十体と一定距離開けた場所で立ち止まり、対峙する。


(なるべく威力は押さえよう……少なくとも人形いっぺんに消し飛ばすのは止めよう……)


 レイはもちろん魔法人形二十体全部壊すつもりでいるが、それもあくまで人間の魔法師としてあり得る範囲での倒し方。

 ソフィリアと戦っているときの感覚でやってしまえば、変に注目を浴びるのは目に見えている。


 レイは「ふぅ……」と呼吸と精神を整えるように息を吐き、若干腰を落として構える。


 と、その時点でレイを見た受験生が周りで小さくざわめき始める。

 しかし、もう集中状態に入ったレイの耳には届かない。


「では、開始です────」


 試験官の教師の声が発せられた瞬間、レイは地面を強く踏み込み、魔法人形二十体のうち、先頭に立っている人形に向かって突貫していく。


 半瞬遅れてレイの蹴った地面から砂煙が舞う。

 そして、刹那の間に先頭の魔法人形の懐に入ったレイは、左手で人形の頭を鷲掴みにし、そのまま地面に叩き付ける。

 魔法人形の頭蓋は四散。


 それと同時に試験官などに聞こえない声量で「《雷線よ》」と神聖語で呟いており、レイの右手の人差し指から細い閃光が一直線にほとばしる。

 閃光は数体の人形の身体を撃ち抜いていき、その人形が力を失ったようにその場に崩れ落ちる。


 ただ、人形も黙って的になるだけではない。

 多少不自然な動きではあるものの、成人男性くらいの速度で駆けてきて、レイに襲い掛かる。


 レイはマナをその身に宿らせ、身体能力と肉体強度を高めた状態で、飛び掛かってきた人形に右ストレートを放つ。

 胸部にクリーンヒットし、人形はその運動量に乗って吹っ飛ばされ壊れる。


 その調子でレイは近接格闘術を駆使し、時々魔法を挟みながら瞬く間に人形を制圧していく。

 そして────


「ふ──ッ!」


 魔法で紫電を纏わせた右手の手刀を横凪に一閃したレイ。

 すると、目の前の最後の魔法人形の首から上が跳ね飛んだ。首元には、それはそれは綺麗な断面が出来ている。


「し、試験終了……えと、所要時間十七秒で二十体撃破、です……」


「ありがとうございました」


 レイは戦々恐々とする試験官に一礼したあと、次の受験生に順番を譲る。

 そして、一つ息を吐いてから周囲を見渡してみると────


「な、何だアイツ……!?」


「杖使ってなかったぞ!?」


「戦い方がバケモノだ……」


 等々……

 レイの戦いっぷりを目の当たりにした周囲の受験生達から見事に注目を集めてしまっている。


(あ……杖使うの確かに忘れてた……)


 レイは今更ながらに後悔するが、魔法師は杖を使って魔法を行使するのだ。

 昔は当然レイも杖を使っていたが、四年間ソフィリアのもとで魔法を学んでいるうちに使わなくなってしまったので、すっかり忘れてしまっていた。


 そして、三日前ルビリアに来て街を歩いているときにソフィリアに言われたことを思い出すレイ。


『人間の常識覚えてますか?』


(あのときは人を人外扱いするなと言ったけど……しっかり忘れてたわ。人間の常識…………)


 レイは恥ずかしくなって顔を俯かせながら、足早に人混みから逃げていくのだった。

 しかし、そのとき────


 ドォオオオオオンッ!!


 胸を打つような衝撃が伝わってくる。

 その方向にレイが視線を向けると、その先には金色の髪をした一人の少女が土煙をつまらなさそうに見詰めながら立っていた。

 煙の中には、魔法人形の残骸が散らばっている。


「何だ、俺以外にもいるじゃん……人外」


 レイはそう呟いて、微かに口角を吊り上げるのだった────

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