第07話 時は過ぎて

 年月は加速するように過ぎていった────

 出逢った頃はレイがまだどこか幼く、身長もソフィリアより低かったが、今ではレイはもう十六歳。

 レイはいつの間にかソフィリアの背を追い越していた。


 一度はどん底に落ちたレイとソフィリア。

 しかし、二人は自分達を追放したことを後悔させてやるという共通の目的を目指し、共に生活しているうちに、心に負った傷も癒え、無意識のうちに今の生活に満足感さえ抱いている。


 そして────


 いつも通りレイとソフィリアは模擬戦闘……といえるかどうか、端から見たらただの殺し合いのような光景が繰り広げられていた。


「やりますね……ですが、これならどうでしょうッ!?」


 ソフィリアはそう言って翼をはためかせ、レイから飛び下がり距離を取ると、右手を頭上に掲げる。


「《炎よ、我が手に集え》」


 ソフィリアが神聖語でそう呟く。すると、掲げた右手の上にどこからともなく炎が具現し、深紅に、激しく、熱く燃え上がる。


 ソフィリアはそれを何の躊躇もなくレイに向けて投げ放つ。


「っ……!? これは、相殺させるしかないか……ッ!?」


 流石は元天使、現在堕天使のソフィリアレイの魔法。マナを完璧に掌握し、魔法の支配も完全で隙はない。

 これではレイの十八番の【魔法略奪マジック・インターセプト】は使えない。


 レイは額に汗を浮かべながら、迫り来る炎の塊に向けて両手を向ける。


「《力の奔流よ、道を成せ》ッ!!」


 レイも神聖語で叫ぶと、両手の前にみるみる周囲のマナが集束してきて、膨張する。

 最近レイの中でブームの魔法で、黒魔法のように属性を固定するのではなく、マナを直接エネルギーの塊として放つというものだ。


 名付けて【オリジン・バースト】とでも言うべきか──そのレイの魔法とソフィリアが放った灼熱の炎とで一瞬の拮抗が生じた後、空中で両者崩壊。

 激しい爆音が轟き、大気と地面を唸らせる。


 しかし────


「ぬわぁ~……もうダメだ…………」


 そんな光景を眺めながら、レイは身体に力が入らなくなり地面に膝をつく。

 そんなレイのもとへ、ソフィリアがゆるりと降り立つ。


「やはりこの規模の魔法を使うのは一回が限界のようですね」


「そうっぽい……頭がくらくらする……」


 元々人間が使うような魔法ではない。

 完璧にマナ掌握を出来るようになったレイであっても人間であることに変わりはなく、この規模の魔法はあまりにも身体への負荷が大きすぎる。


「でもまあ、これだけ出来れば魔法学院なるものにも合格できるでしょう」


「え?」


 ふとソフィリアの口から出た『魔法学院』という単語に、レイはポカンとする。

 そんなレイを見て、ソフィリアはふふんとなぜか得意気に鼻を鳴らして話し出す。


「街に買い物に行ったときに聞きましたよ? 魔法師を志す人間は普通魔法学院というところに通うんですよね!? 十五歳以上で入学試験受験資格が得られるということは、レイはもう合格出来るということです!」


(いや、なぜもう合格してること前提なのかは知らんが……)


 レイはソフィリアの過大評価に半ば苦笑いしつつも、完全に人間の魔法の域を越えた魔法をこれまで学んできたので、おそらく簡単に合格出来るだろうとは思っている。


「でもな、この国の魔法学院──アスタレシア王立魔法学院はここから結構離れた『ルビリア』って街にあるんだ……」


 ルビリア──アスタレシア王立魔法学院とアスタレシア王立修剣学院というアスタレシア王国が誇る二大学院と共に生まれ、発展してきた街で、別名『学院都市』とも呼ばれる。


 住民のほとんどは学生か教員、研究者で、アスタレシア王国の最先端技術が集まる場所でもある。


「なら引っ越せば良いじゃないですか?」


「簡単に言ってくれるな……家はどうすんだよ?」


「少し残念ですがこの家とはおさらばして、新しい家を向こうに建てましょう」


「待て待て、ここは割と田舎だから勝手に山の中に家を建ててもバレなかったが、ルビリアは結構大きな街だ。近くの山に家が建てばすぐにバレる」


 レイがそういうと、ソフィリアはしばらく頭を捻って考え込み、「それなら……」と話を続ける。


「家を借りましょう! お金は私が稼ぎます!」


「どうやって稼ぐんだよ?」


「こんなにも容姿端麗な私ですよ? 雇ってくれるところなんていくらでもある──」


「──ダメだ」


「え……?」


 いつになく真剣な眼差しになり、若干声のトーンが下がったレイに、ソフィリアは若干驚きを見せる。


「ソフィーに身体を使った仕事なんてさせない」


「ど、どうしてですか……?」


「え? い、いや……誰かにソフィーを好き勝手にされるのは、何か嫌だなーと……」


「──ッ!?」


 どこか気恥ずかしそうにするレイ。


 その言葉を聞いたソフィリアは微かに顔を紅潮させて、長い銀髪を指でクルクルと巻き取ってもてあそびながら呟く。


「た、たかが生まれて数十年の人間ごときが……私の心配なんて……まぁ、悪い気はしませんが……」


 しばらく、レイとソフィリアの間に気恥ずかしい沈黙が流れるのだった────


 その後、二人でじっくりと話し合った結果、レイはアスタレシア王立魔法学院を受験することに決めた。

 受験成績優秀者上位十名は特待生として入学金と一年間の学費が免除されるため、レイはそれを狙っていく。


 そして、ルビリアに向かうまでの一ヶ月の間に、レイとソフィリアは魔獣を討伐して賞金を貰う『冒険者』という職業に就き、しばらくの生活費を稼ぐことにした。

 ルビリアに行ってからは、レイは学院で忙しくなるはずなので、ソフィリアが冒険者稼業を続けることになるだろう。




 アスタレシア王立魔法学院の入学試験開催日は、今日から一ヶ月と少し先の話になる────

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