第37話 この手で
「さて、この異常事態を先生達に報告しに行かないとな……」
レイは目の前に倒れる魔獣を困ったように見据えながら呟く。
すでにアリシアやルードルの手によって、一年生パーティーの治療は終わっている。
しかし、一人はまだ気絶したままなので、担いでいかないといけないだろう。
「せ、先輩……一体何が起きてるんですか?」
リエラが不安げな眼差しをレイに向けてくる。
「いや、俺にもわからん。ただ、こんな魔獣かこんな場所に自然発生したとは思えないんだよな……」
レイは面倒臭そうに頭を掻きながら、皆の方に振り向く。
「よし、取り敢えずそこの気絶してる生徒を連れて、先生達が待機してる場所まで戻ろう。
リエラ、マキもついてこい」
レイの言葉に皆が頷く。
ルードルも不満げにふんと鼻を鳴らしてはいるが、レイの意見に賛成らしい。
「よし、行こうか──」
『──レイ、後ろですッ!』
脳内で緊迫感に満ちたソフィリアの声。
それと同時に、レイは殺気を感じ取り、皆を庇うように立つ。
振り向けば猛々しく燃え盛る巨大な火球が迫ってきていた。
内包された魔力量からして、B級魔法であることは確定的。
レイとはいえ、喰らえばただでは済まされない。ましてや後ろの五人は死んでしまうだろう。
(ここで防ぐッ!)
「《雷撃よ》ッ!」
レイは右手を迫り来る火球にかざし、神聖語で叫ぶ。
瞬時に大気中のマナが電気エネルギーへと変換され、青白く灯る激しい閃光となって火球を迎撃する。
一瞬の拮抗が生じたのち、爆発。
爆炎と熱風と衝撃波が辺りに広がる。
レイの背後からは微かな悲鳴が聞こえるが、どうやら無事のようだ。
「っ……!? アリス、皆を連れてここから逃げろッ!」
レイは顔だけ振り向かせながら叫ぶ。
「れ、レイはッ!?」
「俺はここで食い止めないとな……それに、
苦虫を噛み潰したような顔で、レイは煙が晴れた先を見る。
すると、全身をローブで包んだ人影が二つ、ただならぬ気配を漂わせて立っていた。
「
アリシアは驚愕ののあまり目を見開いて口を押さえた。
なぜならその視線の先には、もう顔を合わせることがなかったはずの人物がいたのだから。
「ああ、そうだ……。お前の命を狙った罪で国外追放されたはずの、俺の元父親と弟──バルサとルイドだ」
「「「「──ッ!?」」」」
レイのその言葉を聞いた四人が息を飲んだ。
「ただ、様子がおかしすぎる……さっきの魔法はどう考えてもあの二人の力以上のモノだ。
魔法師としての腕を上げた……ってワケじゃない。何か魔法的に強化されてる……んで、その代償として廃人になっちまってるようだ……」
レイの表情は複雑だ。
自分を追放し、見下し、アリシアの命まで狙った者に今さら同情なんてしない。だが、腐っても血の繋がった関係……それを────
(今から俺は、殺さなきゃならない……)
このまま野放しにしておくわけにもいかない。
かといって、自分以外の誰かに対処させる気もない。
レイは呼吸と精神を整えるように一度息を吐くと、油断なくバルサとルイドを見据える。
言葉はない──いや、二人は既に廃人と化しており、理性は残っていない。会話など成立しないだろう。
「アリス、行けッ!」
「で、でもッ!?」
アリシアはデジャブのようなものを覚えていた。
前に天使ヴォーリスがソフィリアを連れ戻しに来たとき、レイはそれを助けに行って、意識不明の重体にまで陥った。
(またレイは……私の知らないところで戦うっていうの……? そんなの、そんなのは絶対に──)
「アリスッ!?」
「イヤよッ! 私も戦える……もう貴方だけ傷付くなんて許さない!」
「何を言って……ッ!?」
レイはアリシアの瞳を見て言葉を詰まらせた。
どこまでも真っ直ぐで、確かな覚悟と闘志が込められた眼光が宿っている。
『レイ……彼女は既に、覚悟が決まっているようですよ?』
ソフィリアの呟きに、レイは心の中で「そうだな……」と答える。
そして、呆れたようにため息を吐きながら、アリシアを見る。
「……わかった。だが、アリスはそこの皆を守ることに専念してくれ。こぼれ球がそっちに行くかもしれないからな」
「ええ、任せなさい!」
レイはアリシアの返事に満足したように頷いて、再び廃人と化したバルサとルイドに視線を向ける。
「さて、既につけたと思っていた決着だが……ここでもう一回つけるとするか!」
レイはすっと腰を落とし、神聖語を呟いて右手に紫電の刃を出現させる。
「「グエァアアアアアッ!?」」
言葉にもならない叫び声を上げたバルサとルイドは、人間ならざる動きでレイに迫ってくる。
(速いッ!?)
レイはバルサとルイドの交互で繰り出される打撃をかわしつつ、右手の刃を振るっていく。
しかし、人間離れした身体能力を持ったバルサとルイドは、レイの斬撃を飛び退いて回避する。
ルイドが手に持った杖を振るう。
すると、目の前に無数の火球──炎魔【ファイヤー・ボール】が浮かび上がり、一斉にレイに向かって放たれる。
「数が多いッ!?」
後ろにはアリシアとルードル、そしてリエラとマキとその友達がいる。
回避するという選択肢はない。
(全て迎撃するッ!)
「《雷撃よ、荒れ狂え》ッ!」
レイは全てを掻き消すかのように、右手を横に払う。
すると、レイの周囲のマナが一斉に電撃に変わり、地面をのたうち回り、宙を切り裂くように荒ぶる。
迫る無数の火球と電撃が衝突し、宙で爆散。
ほとんどの火球を迎撃することは出来たが、やはり数が数だけに、数個の取りこぼしが発生してしまう。
レイの頭上を通り越した火球が後ろの五人に迫り────
「風魔【エアロ・シールド】ッ!」
杖を振るいながら、アリシアが叫ぶ。
すると、自身とその周囲を取り囲むように突風が吹き、風の壁を形成する。
火球は風の壁に阻まれ、消沈する。
「レイ、こっちは気にしなくて良いわ! 全力でやっちゃいなさい!」
「頼もしいな」
レイはふっと笑って一度額の汗を拭うと、理性の光を灯していない血走った目を向けてくるバルサとルイドに心の中で謝る。
(ソフィー、少し本気を出すとするわ)
『やり過ぎて、地図を書き換えなければならないほど地形を変えないでくださいね?』
(俺を何だと思ってんのッ!?)
レイはいつも通り過ぎるソフィリアの雰囲気に呆れてしまうが、同時に安心もしてしまう。
どこか緊張していたレイの身体からすっと力が抜け、完全な集中状態に入る。
(すぐに終わらせる……!)
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