第20話 特待生第一位

 試合中常に気だるげだった特待生第一位──クロウ。

 そんな彼が今、怪しげな眼光を宿らせて、レイを真っ直ぐと見詰めている。


「ククク……面白ぇな、お前?」


 レイの額には脂汗が浮かんでいた。


 先ほどルードルを吹っ飛ばして一撃で昏倒にまで追いやったのも、アリシアを狙ったのも、全てこのクロウの黒魔法。


「レイ……?」


 いつになく緊張を感じさせるレイの横顔に、アリシアは怪訝な視線を向ける。


「アリス……お前は石像を守ることだけに専念してくれ」


「え?」


「アイツは……ヤバイわ……」


 レイの強さをよく知っているアリシアは、レイがそれほどまでに評価するのだから、クロウの強さも異常なのだろうと察する。

 いや、これまでの試合で……そして先ほどの攻撃で自分でもクロウの強さは理解していたつもりだが、もしかしたらその想像すら上回る相手なのかもしれない。


「わかったわ」


 アリシアはそう受け入れてレイの後ろに下がり、石像を守る位置につく。

 それを横目で確認しながら、レイはクロウと真向かいに立つ。


「お前のことは知ってるぜぇ……レイ? 一年の間では有名だからなぁ?」


「そりゃどうも。俺もお前が第一位ってことぐらいは知ってる。あと、これまでの試合で本気を出してないってこともな」


「ククク……いいねぇ、最高だねぇ! 俺の本気とやり合える奴なんかほとんどいねぇからなぁ……だが、お前なら大丈夫そうだぁ」


 クロウはそう言って両手を大きく広げてみせる。右手には既に杖が握られている。


「さぁ……いくぜぇ、レイ? ここから楽しくなりそうだぜぇえええええッ!?」


 クロウが杖を振り上げると、その周囲に無数の石つぶてが生成される。


「錬魔【ロック・ブラスト】ぉおおおッ!」


 クロムの周りに浮かび上がっていた石つぶてが、その叫びと共に一斉に放たれる。

 一粒一粒の大きさは大したことないが、かなりの速度をもって飛んでいる。当たれば痛いだけでは済まされない。


「ちぃ……《雷よ、先鋭なる刃となりて我が手に集え》ッ!」


 レイの右手に紫電の刃が形成される。

 同時に、マナをその身に纏い、身体能力と肉体強度を上昇させる。


 飛来する石つぶての隙間を縫うように駆け抜け、かわしきれないものを右手の刃で破壊していく。

 レイを逃した石つぶてがフィールドに無数に着弾し、土煙を巻き起こす。


「まだまだぁあああッ!? 錬魔【シェイプ・トランスフォーム】ッ!」


 クロムはそう叫び、杖をフィールドに向ける。

 すると、その地面が変形し、鋭利な切っ先を持った槍のような形状でレイに向かって伸びて迫っていく。


「はぁあああッ!」


 レイは紫電の刃を纏った右手で渾身の貫手ぬきてを放つ。

 身体能力も高められたレイから繰り出される物理攻撃の威力は絶大。


 フィールドが変形して伸びてきた槍をレイの貫手が貫き、打ち砕く。

 石の破片が辺りに四散する。


 しかし、自分の魔法が打ち破られたというのに、クロウは嬉しそうに、そして楽しそうに笑っている。

 強者と戦うことを、何より喜んでいる。


「すげぇよお前ぇえええ! すげぇすげぇッ! 楽しくてしょうがないねぇえええええッ!?」


「ったく、頭のネジ飛んでるぞアイツ……!?」


 面倒臭そうに舌打ちするレイの視線の先で、クロウはまたもや杖を振り上げる。

 すると、肌に感じてわかる魔力の胎動。クロウの身体から溢れ出しているのだ。


「錬魔【クリエイト・ザ・ゴーレム】ぅうううッ!」


(……ッ!? B級魔法だと!? 本当に一年生かよ……!?)


 レイが驚愕の表情を浮かべる。

 B級魔法は普通学生の魔法師が習得しているC級魔法より威力・規模が大きいが、その代わりに大量の魔力を消費する。


 魔法学院に入学してまだ一年も経っていない生徒が扱えるような代物ではないのだが……は確かにクロウの前に現れた。


 フィールドが抉れ、砕けたその欠片が寄せ集まって一つの塊を形成した。

 高さ四、五メートルはあろうかという巨体で、短く太い二本の脚。地面すれすれまで伸びた重くて太く立派な二本の腕。


 ────まさしくゴーレムだ。


「さぁ……これが俺の全力だぁ……。お前も出し惜しみなんかしてたら、くたばっちまうぞッ!?」


「ゴァアアアアアアアアッ!!」


 クロウの言葉に答えるように、ゴーレムが雄叫びを上げてレイに重たい拳を振り下ろしてくる。


「やべっ……!?」


 ────ドォオオオンッ!


 レイは咄嗟の判断でバックステップしかわしたが、ついさっきまで立っていた場所にはクレーターが出来上がっている。

 いくら身体能力と肉体強度を高めているとはいえ、あれをまともに喰らえば、骨の二、三本は砕けてしまうだろう。


(どうするっ……!?)


 レイの顎から汗が溢れ落ちる。


 そんな間にも、ゴーレムの大きな腕が伸びてくる。

 振り下ろし、振り払い、また振り下ろし。


 ゴーレムがその巨体を動かすたびにフィールドが揺れ、腕を振るうごとに空気が唸る。


 レイは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら、その攻撃の軌道を見切り、身体を捌いて回避していく。


「ほらほらほらほらぁあああ!? どうしたレイぃいいいッ!?」


「クソ……ッ!?」


(やろうと思えば……多分、いや割りと確実にあのゴーレムを破壊できる。だが……)


 ただでさえレイの使う魔法は人間の常識の範囲外のモノ。

 今でさえ威力を制御して使い、ただ杖を使わずに魔法行使しているという認識で通している。

 しかし、こんな注目のある場所でこれ以上の威力の魔法を使えば、周囲の人も怪しく思うだろう。


「っ……しまっ──ぐぅッ!?」


 ためらいが出ていたレイに、ゴーレムの重たい右ストレートが炸裂する。

 身体の前で腕を交差させて防御姿勢を取ったレイだが、受けた運動量までは殺しきれず、靴底をフィールドに滑らせて大きく後退する。


 これ以上後ろに下がれば、アリシアが守っている石像だ。


 どうしようかとレイが迷っていたそのとき────


「──ッ!?」


 円形のフィールドを取り囲むようにある観客席。そこを埋め尽くさんとばかりにいる観客の中に銀髪の少女の姿を見付けた──ソフィリアだ。


 ソフィリアはレイをしっかりと見て、自身ありげな笑みを浮かべて首を一つ縦に振った。

 まるで「やってやりなさい」と言っているかのよう──いや、レイにはわかる。実際にそう伝えようとしているのだ。


 出し惜しみは要らない。

 他人の目など気にするな。

 今、自分に出来ることを、全力でするだけ。


「レイ……大丈夫?」


 アリシアの心配そうな声を、レイは背中越しに聞く。


「ヤバかったけど……今、大丈夫になったわ」


「え?」


「ちょっと、本気を出そうかなって」


 レイはそう言い、一度アリシアに振り返ってニッと笑うと、再びゴーレムと、その後ろにいるクロウを油断なく見据える。


「あぁ……? あはは……アハハハハハッ!? やっと、やっと本気になったかぁあああッ!?」


 レイの目付きが変わったことに気が付いたクロウは、口を大きく開いて笑う。


「ああ、待たせたな」


 レイはそう答えて、右手を眼前に突き出した────

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