第12話 初登校

「──ほんじゃま、行ってきまーす」


 どこか気の抜けた感じで、レイが屋敷の玄関の扉を開けようとする。


「待ってくださーい!」


 今にも出ていこうとしていたレイを、ソフィリアが追い掛けてきて呼び止める。

 そして、手に持っていた小包をレイに手渡す。


「あなた、お弁当を忘れていましたよ?」


「サンキューソフィー。でも、俺はお前の旦那じゃないからあなたはやめてな?」


 そんな他愛のないやり取りを済ませてから、レイは改めて「行ってきます」と言い、学院に初登校していくのだった。


 黒いスラックスにワイシャツ。胸元には赤いネクタイで、上から魔法師の誇りである黒を基調としたローブを羽織っている。

 これがアスタレシア王立魔法学院に通う生徒の制服だ。


 そんな制服を着込んだレイは、今日も長い黒髪を縛って出来た尻尾を揺らしながら、今日から始まる学院生活に胸を踊らせて──いなかった。


(や、やべぇ……ここ四年間人間と接してこなかったから、なんか緊張するな……)


 と、胸の中に不安を募らせながら、登校していくのだった────



 □■□■□■



 初めはどうなることかと思った学院生活。

 しかし、レイは意外にも普通に過ごせていた。


 レイが振り分けられたクラスは一年三組。

 そして、黒板に張り出されていた席────窓際最後列に座り、担任教師が来るのを待つ。


 その間にもクラスメイトであろう生徒が続々と入ってくるが、レイに話し掛ける生徒は特におらず、レイは内心ホッとしていた。


 しかし、実際はそうではないのだ。


 入学試験でのレイの戦いっぷりはかなり話題になった。

 このクラスにもその姿を見ていた生徒はもちろん、直接見ていなくても知っている生徒を通してレイの噂は広まっている。


 そして、共通認識として『レイはヤバイ奴』というのが固定されてしまっている。

 そんなレイにわざわざ話し掛けにいく強者はいない。


 加えて、各クラスには二人ずつ特待生の生徒が振り分けられており、この三組には成績上位順第三位と八位の生徒がいる。

 皆そちらの生徒に夢中で、であるレイにいちいち構ったりはしない。


 当然そんな皆の心中など露ほども知らないレイは、一人呑気に座っていた。


 初日というのは忙しく、やることが沢山だ────


 三組の担任教師『エマ・クライト』という若い女性教師が入ってきて、一時間目は入学式だということでその会場に新入生全員が移動して、学院長や生徒会長、その他お偉い方々のありがた長い話を聞いてまた教室に戻ってくる。


 簡単に生徒も順番に自己紹介を済ませ、担任教師エマから学校の詳しい説明があり、初日は昼前に学院が終わった。


 特になんということのない学院生活初日────


(って……昼前に終わるんだったらお弁当要らないじゃん……)


 レイはそんなことを心の中で呟きながら、自分の席から腰を上げ、帰る準備をする。


 そんなとき────


「せ、生徒会長じゃない……?」


「え、ウソ……ホントだ!! 何でこんなところに?」


 そんな驚きの声が三組のあちらこちらから聞こえる。

 生徒会長ケルトは自分に向けられるそんなざわめきなど気にする素振りも見せず、三組の教室を見渡して目当てのものを見付けたように顔を明るくすると、堂々と中に入ってくる。

 そんな彼の傍には副会長のエリスの姿が。


 ケルトはエリスを連れてすたすたと教室を歩いていき────


「お初にお目に掛かります生徒会長。わたくしはアスタレシア王国第一王女、アリシア・フォン・アスタレシアと申します」


 と、ケルトの行く道に出て、膝丈の制服のスカートを左右に引っ張り、片足をすっと後ろに引いて優雅に一礼して見せる少女。

 鮮やかな金髪にエメラルドのような緑色の大きな瞳。非常に均整の取れた容姿で、顔も花が咲いたように美しい。

 流石はこの国の王女様というところだ。


 ケルトはそんな彼女に目をやると、明るくニッコリ笑う。


「ああ、これはこれは王女様。

 特待生……それも第三位と好成績でのご入学おめでとうございます!」


「いえいえ。私などまだまだでございます。

 ところで、こちらにはどういったご用件で?」


 アリシアのその質問は、恐らくこのクラスの生徒皆の代弁でもあるだろう。


「ああ、ちょっと人に会いに来てね?」


「人……ですか?」


「うん! だから王女様とはまた今度ゆっくりと……今日はちょっとね」


 そう言ってケルトは早々とアリシアの横を通りすぎていく。

 第三位の成績で特待生として入学し、この国の王女であるアリシアの横を、通りすぎていくいく。


 これには思わずアリシアも「えっ?」と声を漏らしてしまった。

 生まれてこの方、こんなにも興味を持たれなかったのは初めてのことだ。


 私ではなく誰に用事? とケルトの歩いていく姿を目で追うアリシア。

 他の三組の生徒も同じようにケルトを注視する。

 そして────


「君がレイ君かな?」


 このとき、三組生徒は皆驚愕の表情を浮かべていた。


「あー、そうですけど?」


 レイは突然話し掛けられて状況を良く把握していない様子だ。

 さっきまで教室のざわめきなど気にせず、帰り支度をしていたのだから。


(あれ……この人さっき入学式の壇上で話してた人じゃ?)


 と、レイがそう思うと同時、ケルトが喋る。


「えっと、僕はこの学院の四年生で、生徒会長をしてるケルト・ホーエンハイム。よろしくね」


 そう言ってケルトはレイに手を差し出す。

 レイは「は、はぁ……」と今どういう状況にあるのかよく理解できないまま、取り敢えず握手を交わす。


「今少し時間あるかな?」


「いえ、今から帰りますので時間はないですね」


 生徒会長ケルトの誘いを、悩む素振りも見せず断るレイ。


 普通「今少し時間あるかな?」というのは本当に時間があるかどうかを聞いているのではなく、用事があるから付き合ってくれという意味だ。特に目上の人から言われた場合はなおそうだ。

 しかし、四年間もそんな常識の通用しない人外としかコミュニケーションを取っていなかったレイは、そういうことに鈍くなってしまっている。

 まあ、元々の性格の問題もあるが……。


「何か用事があったりするのかな?」


「いや、早く帰りたいだけですね」


「あっははは! 君、面白いね!」


 レイは急に笑い出すケルトに、何だこの変な人? と言わんばかりの視線を向ける。


「まあ、すぐ終わるからさぁ~。ちょっとだけ!」


 なんと、ケルトがどこの馬の骨とも知れないレイに向かって、両手を合わせて軽く頭を下げるという構図になっている。


 レイはしばらくうーんと唸って考えたあと、「少しだけなら……」と仕方なく受け入れた。


 その答えを聞いたケルトは嬉しそうに顔を明るくしたあと、レイを連れてエリスと共にこの教室から出ていった。


 一体何が始まるんだと興味を抱かずにはいられない他の生徒達は、そんなレイとケルトとエリスのあとをズラズラとつけていくのだった────

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