第13話 生徒会長

 レイは突然生徒会長のケルトに連れられて、周囲を校舎に囲まれたちょっとしたスペース──いわゆる中庭に来た。


 そして、そんな二人がこれから何を始めるのかと興味津々な学院の生徒は、学年、組問わず、少し離れたところから成り行きを見守っていた。


「あの、生徒会長? 何か嫌な予感しかしないんですけど?」


「全然嫌なことじゃないよレイ君! ボクはただ、君と手合わせがしたいだけさっ!」


「嫌な予感的中ッ!?」


 レイはあからさまに乗り気でない顔をする。


「何で俺なんですか? この学院には新入生を会長がボコるっていう珍妙な習わしでもあるんですかね?」


「違うよ。ボク個人として、君に興味があるんだ」


「はあ……特待生取れなかった俺にですか?」


「そ。特待生が取れなかった君に」


 ノリノリなケルトと嫌そうな顔をするレイとの寒暖差は、この場に停滞前線を生み出してしまいそうなほどに激しい。

 現に停滞前線ではないが、二人の間には微妙な沈黙が流れている。


(何か理由つけても諦めてくれなさそうだなぁ……)


 レイは心の中でそう呟き、ため息を吐く。


「俺、あんまり目立つの好きじゃないんですが……」


「大丈夫、レイ君は既に目立ってる! 入学試験のときの戦いっぷりは凄まじかったらしいね!」


「いや、他の生徒もいちいち誰がどんな戦い方してたか何て覚えてないでしょ」


(((((バッチリ覚えてるよッ!?)))))


 このとき、二人の様子を見ていた周囲の生徒の心中が見事に一致していた。

 あんな独特な戦い方をする人のことを忘れろという方が難しいというものだ。


「やっぱり君は面白いね……本当に気に入ったよ!」


「気に入られたくねぇ……」


 もはやレイは心の中だけにとどまらず、口からも不満を溢してしまっている。

 しかし、どれだけ断ってもケルトは折れそうにない。このまま言い合っていても平行線を辿るだけ。


 早く帰りたいレイはさっさと用事を済ませたいため、仕方ないなと言わんばかりにため息を吐いた。


「わかりました、やりましょうか……」


「ホント!? やったぁ!!

 じゃあ、エリス! 一応審判お願い!」


 ケルトは自分の後ろに控えていたエリスにそうお願いする。

 エリスは「仕方ありませんね」と一言呟いたあと、互いに一定距離を取ったレイとケルトから少し離れたところに立つ。


「それではこれより、当学院生徒会長ケルトと新入生レイによる模擬戦を開始します。

 両者とも、相手に深い傷を負わせるような攻撃は禁止です」


 そんなエリスの進行に、レイとケルトはコクリと一つ頷く。


「あと、なるべく中庭を荒らさないようにお願いします……」


 なぜだろう。

 このエリスの言葉にはレイもケルトも頷かなかったように見える。


「では、両者構え──」


 レイはケルトに対して身体を半身に、やや腰を落として構える。

 ケルトはどこからともなく自分の身長を少し超えるくらいの長杖を取り出し、右手に持つ。


 そして────


「開始ッ!」


 エリスの合図を聞いて最初に動いたのはケルトだ。

 右手に持った長杖を掲げる。

 すると、長杖の先端に付いた大きな丸い宝石がケルトの魔力に反応して光り輝く。


「炎魔【ファイヤー・ボール】!」


 どうやらケルトの黒魔法の属性は『炎熱』らしい。

 そして、【ファイヤー・ボール】は炎熱系黒魔法──通称『炎魔』の初歩中の初歩の魔法。

 比較的発動が簡単で、威力もそこまで高くないが────


「な、何だあの数ッ!? やべぇーぞッ!?」


 野次馬の誰かがそう叫んだ。

 しかし、驚くのも無理はないだろう。

 なぜなら、ケルトは【ファイヤー・ボール】を多重発動マルチ・アクトし、数十個の火球を宙に浮かべているからだ。


 どれほど魔法の研鑽を積めば、この域に到達できるのか……生徒の大半は思わず息を飲んでいた。


「行くよ──レイ君ッ!」


 そう言ってケルトは長杖を振り下ろす。

 その動きに連動するように、宙にとどまっていた無数の火球がレイに向かって雨のように降り注ぐ。


 ────相手に深い傷を負わせる攻撃は禁止です。


 観戦する生徒達は、ついさっきエリスが言ったばかりのその言葉の意味を、改めて考えさせられていた。


 レイは迫り来る無数の火球を見据えて────


「《いかずちよ、先鋭なる刃となりて我が手に集え》──」


 と、レイが魔力を込めた神聖語で誰にも聞こえないように小さく呟く。

 すると、レイの両手に周囲のマナが集束し、すぐにその性質を『電気』に変換させ、紫電となってその手に纏わり付く。

 チリチリという甲高い高周音を響かせ、時折火花をちらつかせる。


 そして────


「ふっ────」


 レイはその場で身体を捌いて火球をかわしつつ、どうしても身に受けそうなものを見抜き、それを両手に宿した紫電の刃で両断していく。


 何だあの魔法は? 杖は? 今何が起こった?

 そんな不可思議な出来事に、観戦者達はただ無言で驚愕しながら戦況を見守っていることしか出来ない。


「やるねぇ──」


「──ッ!?」


 レイは驚かずにはいられなかった。

 ケルトの声がすぐ傍から聞こえたのだ。


 白魔【フィジカル・アップ】で身体能力を大幅に上げたケルトは、レイの真ん前まで肉薄しており、両手に持った長杖を横凪に一閃する。


 レイはすぐさまマナをその身に宿らせて身体能力と肉体強度を高めると、蹴りで長杖を受け止める。


 半瞬遅れて、衝撃波のようなものが二人の間から周囲に広がり、僅かに空気を震えさせる。


 レイはすぐにケルトの長杖を掴み、自分を中心とした円運動でケルトを振り回し、投げる。

 そして、空中に放り出されたケルトを仕留めるべく、レイは右手人差し指を向け────


「《雷線よ》」


 マナの集束具合を調節し、肉体を穿つレベルから痺れさせる程度の威力にして指先から放たれた一筋の細い電撃。


 これで勝った──と、レイは確信していた。

 空を自由に飛べるソフィリアならともかく、人間が空中に放り出されて出来ることはない。

 ましてや、吹っ飛ばされているときにはパニックになって、魔法行使どころではないはずだ……と。


 しかし────


「炎魔【ファイヤー・アロー】ッ!」


 何という胆力か──空中に身を放り投げられた状態のまま、ケルトは動揺することもなく魔法を放った。

 一本の矢の形を作った炎が、真正面からレイの放った電撃を打ち砕き、なおも突き進む。


「っ……ぶねッ!?」


 レイは咄嗟に顔を逸らす。

 レイの頬を掠める勢いで、炎の矢が通過していった。

 傷は負わなかったものの、しっかりと炎の熱を感じられる距離だった。


 その隙に着地していたケルトはニコニコ笑みを浮かべて「あちゃー、当たらなかったか~」と呑気に言っていた。


(何なんだコイツ……!?)


 レイは一見のほほんとした雰囲気を放って見えるケルトの認識を改めざるを得なかった。


(そうか……アイツもバケモノか……)


 レイは心のどこかで人間が相手だからと、力を抑えてしまっていた。

 しかし、そんな認識ではケルトには勝てない。

 レイは一つ息を吐いて呼吸と精神を整える。

 そして、ソフィリアを相手にしているときと同じ感覚に気持ちを切り替える。


「すぅ…………」


 一気にレイの雰囲気が変わった。

 どこか気だるそうにしていたレイの目付きが、眼光鋭くケルトを捉えている。


 もちろんそれを感じ取ったケルト。

 ニヤリと楽しそうに笑って、改めて長杖を掲げる。


「やっと本気になってくれたかな、レイ君?」


「まあ、ちょっとは」


「良かったよ。なら──炎魔【フレア・バースト】!!」


 ケルトの掲げた長杖の先に、一際巨大な火球が出現する。

 魔法にはその威力と規模によって、下からC級、B級、A級という区別がある。

 学生の魔法師が普通習得しているのはC級までだ。


 炎魔【フレア・バースト】はB級──着弾と共に激しく爆発し、周囲を圧倒的熱量で燃やし尽くす魔法だ。

 殺傷性が極めて高い。


 しかし、ケルトはレイがこれくらい平気であると見抜いている。

 その評価は初め勘であったが、実際こうして戦ってみて確信に変わった。


「《雷よ、我が手に集え》」


 レイも右手を頭上に掲げてそう呟く。

 すると、初め小さく出現した電気の光が、みるみる肥大化し、手の平の上に大きな雷の球体となって停滞している。


 その推定される威力──B級。


「行くよ、レイ君ッ!」


「正面から叩き潰すッ!」

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