第24話 アリシアのモヤモヤ

 これはのちの話になるが────


 魔法の名門ベリオール侯爵家現当主バルサ・ベリオールが、アスタレシア王国第一王女アリシア・フォン・アスタレシアの暗殺を試みたということで、王国はベリオール家に処分を下した。


 爵位剥奪。そして、国外追放。


 死罪も充分にあり得る事件であったが、仮にもアリシアの命を救ったレイの元父親。

 アリシアの言付けにより、命までは取られなかった。


 どこの国へ流れて行ったのか……それはもう誰の知るところでもないが、ベリオール一家は二度とアスタレシア王国に顔を出すことは出来なくなったのだった────



 □■□■□■



 ────路地裏での出来事のあと、アリシアはレイとソフィリアの住む屋敷に招かれていた。


 もちろんアリシアの侍女であり護衛でもあるリーンの許可を得てのことなのだが、そのときにも一悶着あり…………


「え、アリシア様をレイ殿のお宅へ……連れ込む!?」


「言い方が気になるんですが……」


 リーンは驚いて開いた口を両手で押さえる。


「だ、駄目ですよ! アリシア様もレイ殿も年頃の男女……一つ屋根の下に置けばどうなるか……」


「いや、何の心配してんですか!? それに、家にはコイツがいて、別に二人っきりってワケじゃ……」


 リーンはそれを聞いて、レイの隣に立っていたソフィリアに視線を向ける。


「な、何と……既に愛人がおられるところにアリシア様まで……!?」


「アンタ頭ん中大丈夫かッ!?」


 リーンの妄想は膨らむ一方で、呆れたレイはもはや敬語すら忘れてツッコんでいた。


「わ、わかりました! ですが男女比が男女比です! 私も参ります!」


「いや、自分も女でしょうが……」


「そ、そうでした……これでは、ハーレムにッ!?」


 リーンは自分の身体に腕を巻き付けて、レイを見詰める。

 レイはそんなリーンにため息を吐くしかなかった。


 このあとアリシアが何とか説得して、こうしてレイとソフィリアの屋敷に来られたという流れだ。


 のだが────


「で、ソフィリアさん? とは、どういう関係なワケ?」


「あ、アリス? 何か怒ってないか?」


「怒ってない。さっさと話して頂戴」


(絶対怒ってるじゃん……)


 リビングのソファーでレイとソフィリアの対面に腰掛けているアリシアは、カタンとティーカップを机に置く。

 そして、半目にされた緑色の瞳をレイに向けている。


 レイはコホンと咳払いを一つして、自分の隣に座るソフィリアに手を向ける。


「じゃあ、改めて……コイツはソフィリア。ワケあって天界から堕ちてきた天使です」


 レイの紹介に、ソフィリアがペコリと小さくお辞儀してみせる。


 そして、レイは話した。

 自分がベリオール家を追放され、山に捨てられてさまよっていたとき、満身創痍のソフィリアと出逢ったこと。

 そして、それが魔法を教わる切っ掛けとなり、今日この日の自分があることを────


「とまぁ、こんな感じ?」


 と、レイは話し終えて、ソファーの背もたれに大きく体重を預けながら、手に持ったティーカップに口を付ける。


「いやぁ~、懐かしいですねぇ……こうして改めて振り返ってみると、少し気恥ずかしいですね?」


 ソフィリアはどこか嬉しそうにレイの顔を覗き込み、同意を求めようとする。

 レイは視線を別のところへ逸らし「別に……?」とどこか恥ずかしそうにしている。


 アリシアはそんな二人のやり取りをじっとりとした目で見ており…………


(四年間も一緒に暮らしてる……? で、こんなに仲良し……もしかして……お付き合いしてる? いや、もっと上の……)


「アリス、どうした?」


「っ……!? な、何がよ!?」


「い、いや……凄い目付きで睨んできてたから……」


「別に何でもないわよ!」


 レイは急に怒り出す──いや、ソフィリアと会ってから少し怒ってそうだったが──アリシアに、キョトンとする。


 一方でソフィリアは興味深そうにアリシアをじっと見たあと、ふふっと意味ありげに微笑む。


 そんなソフィリアの態度にも「どうしたんだよ?」とよくわからなそうにしているレイ。


 だが、アリシアもアリシアで自分の気持ちがよくわかっていない。


 何だかレイがソフィリアと仲良くしているのを見てモヤモヤしてしまうし、おまけに四年間も一緒に暮らしていると聞いた今、近くに感じていたレイがどこか遠くへ行ってしまったような気がする。


(私……疲れてるのかしら……?)


 確かに今日は非日常的なことがあったばかりだ。危うく命を落としかけていた。

 肉体的にも精神的にも、疲れが出て当然だ。


 そして、実際それも不安定な精神の原因の一つとして確かではある。

 しかし、もちろんそれだけではない。


 幼少の頃から王城内で育ったアリシア本人がその気持ちの正体を知るには、まだ少し人生経験というか他者との交流というか……とにかく、もう少し時間が掛かりそうなのであった。


 そして、この場で皆の心中を正確に把握しているのは、相変わらず意味深に微笑むソフィリアただ一人だった────

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