第31話 激闘の代償
ソフィリアがヴォーリスを街の外へ誘い出し、離れた平原で戦闘を行ったため、ルビリアの被害は最小限に──主に、レイとソフィリアの屋敷が吹き飛ぶだけにとどまった。
そして、激しい戦闘に終止符を打ったレイは、常人では抱えきれないほどの負荷が伴う魔法を行使した結果、意識不明。
現在、ソフィリアが改めて魔法で建て直し、元の姿を取り戻した屋敷で眠り続けている────
ソフィリアはもちろんつきっきりで、生徒会長のケルトや副会長のエリス、時々三組のクラスメイトがお見舞いに来たり──中でも、一際レイを毛嫌いしていた特待生第八位のルードルが来るとは誰も思っていなかった。
また、特待生第一位にして、魔法競技際のPOKでレイに敗北したクロウも「おめぇを倒すのはこの俺だぁ……勝手に死ぬんじゃねぇぞ?」と言いに来た。
そして────
「あ、アリシア様……お気持ちはわかりますが、そろそろ帰りませんと──」
「──嫌よッ! 私はレイが目を覚ますまでここにいるんだからッ!」
困り顔を浮かべるリーンに、アリシアは潤んだ緑色の瞳をすがるように向ける。
「ですが、アリシア様もだいぶお疲れのご様子……」
リーンはそう呟きながら、近くに立っていたソフィリアに申し訳なさそうに視線を向ける。
ソフィリアはその意図を察して一回頷き、レイに泣き付くアリシアの背中に優しく手を当てる。
「レイを大切に思ってくれてありがとうございます……でも、考えてみてください? 仮にレイが今目覚めたとして、そんな顔をしている貴女を見たらきっと、『え、何? お前俺の心配してくれてたのぉ?』とか言ってからかわれますよ?」
「う、うぅ……でも……!」
「大丈夫ですよ。レイは私が一から育て上げた立派な魔法師……こんなところで死んだりしませんよ」
「……わかった」
────と、そんな風にアリシアも、非常にレイのことを心配していた。
そして────
ヴォーリスとの激闘から数日後。
ルビリアの街も静まり返った真夜中。
レイの意識が、深い海底から海面に浮上してくるように呼び覚まされていく。
寝起き特有の
レイは久々に重たい目蓋を持ち上げる。
「……生きてる、な…………」
眠っていたソフィリアは、そんな小さな呟きを敏感に聞き取り、レイのベッドに預けていた頭を勢いよく上げる。
そして、目を見開いてレイの顔を見る。
「レイ……ッ!?」
「んあぁ……ソフィー、おはよう……」
レイはふにゃりと力なく笑う。
そして、腕を支えにして、上体だけ何とか起こすレイ。
「ん、ソフィー? どうしたんだ?」
「…………っ!?」
レイは俯いて黙り込むソフィリアに不思議そうな顔を向ける。
すると、ソフィリアの顔から雫が溢れ、布団を濡らしていることに気が付く。
「どうしてっ……あんな無茶をしたんですか……ッ!?」
「あ、いや……だって、そうじゃないと勝てなかっただろ……?」
「君……死んでてもおかしくなかったんですよ……?」
「まぁ、死ぬだろうなとは思ってた……」
二人の間に微妙な沈黙が流れる。
そして、改めて顔を上げたソフィリアが、涙を流す銀色の瞳を真っ直ぐレイに向けた。
「君があんなことをするとわかっていたら、私はあの魔法を使いませんでした! だって……君が死ぬくらいなら、私は大人しく天界に帰っていました!」
「そ、それはダメだッ! お前をあんな奴に取られるくらいなら、俺は死ぬ道を選ぶ! ソフィーのためなら俺は、命だって──」
「──嫌なんですよッ!」
ソフィリアはレイの言葉を遮るように叫んだ。
「嫌なんです……ヴォーリスの妃となることより、この身体を捧げることになるよりも……君が、君が死んでしまうことの方がもっと嫌なんですよッ!」
「そ、ソフィー……」
「私のためだというのなら……もう絶対に、あんな無茶はしないでください……」
ソフィリアはポンと、軽くレイの胸に自分の頭を押し付けた。
「ごめん……」
レイはそう呟いて、ソフィリアの頭を優しく撫でた。
そして、それが今までソフィリアが心の奥に押し込めていた不安や心配を一気に解き放った。
ソフィリアは天使のプライドも何もかも忘れて、子供のように、ひたすらレイの胸で泣き続けた。
そして、レイは何も言わずに、そっとソフィリアの頭を撫で続けたのだった────
□■□■□■
レイは目を覚ましたあと、身体の状態を医者に見てもらった。
そして、その結果をアリシアとリーンも屋敷にいる今、話すことにした。
「えっと、まずは心配を掛けましたが、俺はこの通り元気だ」
「ま、まあ貴方なら大丈夫だってわかってたし……良かったわね目が覚めて」
アリシアはレイからプイッと顔を背けて、偉そうに言ってみせる。
すると、後ろに控えていたリーンがクスクスと笑いを溢す。
「アリシア様はこうやって強がってはいますが、レイ殿が目を覚まされない間、ずっと泣いていたんですよ?」
「え、マジ……?」
レイは丸くした目をアリシアに向ける。
アリシアはみるみる顔を真っ赤にさせていき、手と頭をブンブン振った。
「ち、ちがっ……! こらリーンッ!? ありもしないことを言わないでくれるッ!?」
「はて……私の記憶違いでしたでしょうか? ねぇ、ソフィリア様?」
「なら、私の記憶もおかしいということになりますね?」
ソフィリアとリーンは向かい合って可笑しそうに笑っていた。
だが、レイの回復を祝うためだけの集まりではない。
レイは、医者から告げられた自分の身体の状態をアリシアとリーンに伝えなければならない。
「で、ここからが重要なんだ」
「どうしたのよ、そんなに改まって……?」
アリシアだけでなく、リーンも不思議そうな視線をレイに向ける。
「医者に見てもらった結果、俺にはどうやら後遺症が残ったらしい……いや、見てもらわずとも、何となくわかってたんだが……」
「後遺症……?」
「本来使いこなせない規模の魔法を行使したために、脳に多大な負荷が掛かった。結果、魔法行使に必要な、魔法イメージ処理器官が損傷……俺はもう、魔法が使えない」
「「──ッ!?」」
アリシアとリーンは言葉を失った。
ただ、驚愕で目を見開いて、固まったままレイを見詰めるだけ。
「学院は辞めなきゃいけないだろうな……」
「そん、な……」
アリシアは喉から声を漏らす。
そして、何とも言えない気持ちで顔を俯かせる。
場に重たい沈黙が訪れる。
そして、そんな沈黙を破ったのはソフィリアだった。
「大丈夫ですよ? 魔法は使えます」
「「「えッ!?」」」
三人の視線が一斉にソフィリアに集まる。
ソフィリアは人差し指を立てながら、解決策を講じた。
「私がスピリチュアル・ボディーになって、レイに宿ります。そして、レイが失った魔法イメージを私が代行して処理すれば良いんです」
「い、いや待て……それだとお前はずっと俺と行動を共にしないといけなくなるんだぞ?」
「ん? 別に構いませんよ?」
レイはポカンと口を開けて固まった。
「そうすれば、私は君と一緒にいられる時間がもっと増えます。一緒に学院なるものにも通えますし、精神を通していつでも君と会話出来る、いざとなったら私がレイに変わって戦える。
それに、家にいるときは別に魔法を使う必要はないので、そのときは私ももとに戻ります。
別に問題はありませんよ?」
「いや……別にソフィーがそこまでしてくれること──」
「あります!」
ソフィリアは立てていた人差し指をレイの口許に当てて黙らせる。
「レイ、君は私を守るために命を懸けました。なら私も君の誠意に応えるべきです、違いますか?」
「ち、違うだろ! 別に俺はお前に見返りを求めて助けたワケじゃない……ただ、俺がそうしたかったから……」
口ごもるレイ。
ソフィリアは「それなら……」とレイの顔を覗き込むようにして、接近する。
互いに吐息すら感じられる距離だ。
「私も、そうしたいからです」
「……ッ!?」
レイの心臓が跳ね上がった。
顔が熱くなる感覚を覚える。
そんな様子を、対面のソファーに座ってジト目で見ていたアリシア。
リーンはアリシアの耳元にそっと口を近付けて────
「ライバルはなかなか手強そうですよ?」
「っ……!? そ、そんなんじゃないわよっ!?」
「ふふっ」
そんな意味ありげなリーンの微笑に、アリシアは不満げに口を尖らせる。
しかし、否定はしたものの、流石にもう自分の頭では理解している──少し気付くのに時間が掛かったが。
(私、レイのこと…………)
アリシアはそう自覚した瞬間、心臓が高鳴り、顔が熱くなっていく感覚を覚えるのだった────
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