第26話 少女の正体

「まあ、落ち着け三人とも。私は敵ではないわ」


 金髪の少女はクスクスと笑いながらそう言う。


 レイは受け止められていた脚を引き、一旦飛び下がる。

 そして、レイ、ケルト、エリスの三人はまだ少し警戒心の残ったまま少女を見据える。


 そんな三人の視線を受け、少女は「こりゃ参った」と肩をすくめてみせる。


「あぁ……急にすまんかったな。ちょっと再確認させてもらっただけじゃ」


「再確認……?」


 レイが訝しげに眉を潜める。


「ああ、貴様らの強さをな。魔法競技際で貴様らの実力は充分見させてもらったが……やはりこうして一度魔法をぶつけ合ってみておきたかったんじゃ」


 少女はそう語って、曖昧に笑う。


 しかし、三人の疑問はまだ多く残る。

 一体少女は何者なのか。何の用があってこの場に来たのか。そして、なぜ黒魔法を二系統も使えるのか……


 少女は三人の疑問を察してクスリと笑うと、どこからともなくその手に懐中時計を出現させて見せつける。

 そして、その懐中時計──アスタレシア王国の紋章が刻まれた懐中時計を見て、ケルトとエリスは目を剥いた。

 ただ一人よくわからなそうにしているのはレイだけ。


「私はアスタレシア王国軍が一翼、近衛魔法騎士団『執行室』室長──」


 少女は見た目にそぐわなすぎる言葉の羅列を慣れた口調で紡いでいき、たっぷりと間を開けてもったいぶるようにし、ニヒルに笑って片手で前髪を持ち上げて深紅の瞳をカッと見開く。


「ヴァンパイア……ルーナ・ヴァリキューアじゃ!」


「「──ッ!?」」


 ケルトとエリスはそれを聞いて咄嗟に深く頭を下げる。

 その様子を見たレイはイマイチどういう状況か掴めておらず、少女──ルーナを興味深そうに見ている。


「フッフッフ……って、おいそこの貴様?」


「はい?」


 ルーナは頭を下げているケルトとエリスを満足そうに見て、愉悦感に浸りながら視線を滑らせていくと、そこにはなぜか呆然と立っているレイがいた。


「いや私、近衛魔法騎士団……」


「はあ……」


「『執行室』室長なんじゃが……」


「そうですか……」


「え……ヴァンパイア……」


「日光大丈夫ですか?」


「ああ、心配はいらんぞ。私ほどのヴァンパイアなら、たかが日光など──って、そうじゃなくて!?」


 と、ずっこけそうになるルーナ。

 しかし、無理もない。

 近衛魔法騎士団と言えば、魔法師の中の魔法師……そして、さらにその中でも『執行室』と呼ばれる部署は、精鋭中の精鋭が集まるいわば最強部隊。アスタレシア王国の懐刀なのだ。


 それを聞けば、ケルトやエリスのような反応が普通。


 しかし、それを理解してもレイは微妙な反応をしていた。


 なぜなら、レイの中の価値観はやはりソフィリア基準。

 ソフィリアが大したことないと言っていた近衛魔法騎士団だぞと言われてもそこまでの関心は出てこない。


 加えてヴァンパイアと言ったか……いにしえの時代、『魔族』と呼ばれる者達が繁栄していた頃にいた種族だ。

 確かにこの時代になって魔族の末裔はかなり珍しい。だが、レイの近くには同じくらい珍しい天使がいる。

 そこまでは驚かない。


 レイに状況を理解させるのに少し時間が掛かったのだった────



 □■□■□■



「さ、さて……やっと本題に入れるわ……」


 ルーナはもう少し疲れたように話を切り出す。


 ケルトは呑気に「やっぱりレイ君は面白いねぇ!」などと言っていたが、それはまた別の話だ。


「単刀直入に言おう。貴様ら三人を引き入れに来た」


「それは、卒業後の……ということでしょうか?」


 そのエリスの質問に、ルーナは「うむ」と頷く。しかし、すぐにレイに視線を向けると────


「じゃがレイ、お前は別じゃ。出来れば学院を中退してウチに──『執行室』に来てもらいたい」


「……え?」


「時期はこのケルトとエリスが卒業するタイミング……どうじゃ?」


「イヤですけど」


「即答ッ!?」


 レイは考える素振りさえ見せずに、キッパリと断る。

 ルーナはそれにまたずっこけそうになるが、何とか耐える。


 隣でケルトとエリスは前にもこんなことがあったなと、レイを生徒会に勧誘したときのことを思い出していた。


「すいませんが、俺は学院生活を優先したい。それに、まだ返事をしたわけではありませんが、会長が卒業したあと生徒会をどうするか……そういう役目もあるので。その対価として会長の家に学費を払ってもらってるわけですし……」


「別にレイ君が気にすることないのに! ボクが好きでやってることなんだからさ~」


「いえ会長、そういうわけにはいかないですよ」


 レイは少し面像臭そうではあるが、その視線は真っ直ぐケルトを見ていた。


「なるほど……学院生活、学費、かぁ……」


 ルーナは顎に手を当てて、しばらく何かを考え込むようにする。

 そして、ニヤリと何かを思い付いたように口角を吊り上げると、レイに視線を向ける。


「ならレイよ、『執行室』に籍を入れても、学院生活を送って良いと言ったらどうする?」


「ど、どういうことですか?」


「簡単じゃ。貴様は『執行室』に入る。そして、何か学院で生活を送る理由を適当に考え、このまま学院生活を謳歌。もちろん近衛魔法騎士団として妥当な給金も支払われるから、学費くらい自分で出せるだろう」


「──ッ!?」


 その考えはなかった。

 今現在学費はケルトの家に負担してもらっている。加えて、生活費は全てソフィリアが冒険者活動で稼いできていてそれに頼りっぱなし。


 自分も何か力になれないかと考えたことは、これまで何度もあった。

 そして今、少しでもソフィリアの負担を減らし、ケルトの家にも迷惑をかけなくて済む方法が目の前にある。


「で、『執行室』は俺に何を求めるんですか?」


「もちろん力じゃ。貴様の実力は既に一流の魔法師と言えるだろう……だから、他の部署に取られる前に確保しておかねばと思ってな。

 そして、所属してからも基本はこれまで通り生活してくれれば良い。ただ、貴様の力が必要なときは貸してもらう……どうだ?」


「…………」


 レイはしばらく黙り込んだ。

 様々な考えが頭の中を横行するが、やはり一番はソフィリアのことだった。


 魔法師を志したのは、自分を追放したベリオール家を見返すため。そして、それは既に達成された。

 しかし、ソフィリアが言っていた最強の魔法師になれたかと言えば、答えはノーだ。

 目の前のルーナとやり合っても恐らく勝てないだろう。


 しかし、精鋭が集まる『執行室』の一員となれば、より魔法師として高みへ……最強の魔法師の道を一歩でも進めるのではないだろうか。


 レイは一度目を閉じ、改めて目を開いた。

 瞳には、決意に満ちた光が宿っている。


「ルーナ室長、わかりました」


「おお、入る気になったか?」


「はい。俺を近衛魔法騎士団に……『執行室』に入れてください」


「フッフッフ、その言葉を待っていたわ!」


 そうして、レイとルーナは握手を交わした────

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