第27話 異変
レイが近衛魔法騎士団『執行室』入隊のルーナの誘いを受けてからしばらく経った────
正式な入隊は現在卒業を控えている四年生のケルトやエリスが入隊するタイミングと同じになる。
だから、まだレイは『執行室』の一員というわけではないのだが…………
(まぁ、密かにアリシアの護衛って任務だったら、確かに学院で過ごす理由付けにはなるな……)
と、レイは現在隣に歩くアリシアと学院から帰路につきながら、心の中でそんなことを考えていた。
なぜ
それは王女であるアリシアも同様。
なので、大っぴらに護衛をつけることはできない。
だから、侍女兼護衛であるリーンも学院にまでついてくることは出来ないのだ。
そこを、レイがカバーする……ということになった。
そして、もちろんこのことはアリシアも知っている。
初めレイが『執行室』に入隊することになったと聞いたときは、「何でそんな危ないとこ入ったのよ!?」と激昂していたが、任務がアリシアの護衛と聞かされてからは妙に落ち着いている。
「──そういえば、そろそろ四年生は卒業よね?」
ふと、アリシアが思い出したように話を切り出す。
「で、そのタイミングで貴方も正式に『執行室』に……」
アリシアは僅かに歩くペースを落として、俯き加減で心配そうに呟く。
「まあ、学院を卒業するまで当面の任務はお前の護衛……そんな危ない任務でもないだろ?」
「それはそうだけど……でも、いざ召集が掛かったら貴方も行かないといけない。違う?」
「……そりゃそうだ」
『執行室』室長のルーナも言っていた。
レイの力が必要になったときは協力してもらうと。
精鋭の魔法師が集まる『執行室』が行う任務は、基本的に命の危険が伴うものばかりだ。
特に、表沙汰には出来ないような案件を扱うことが多いと聞いた。
アリシアは、そんなところに所属することになるレイの心配をせずにはいられなかった。
「何だ、心配してんのか?」
レイは意地悪そうに笑って、アリシアの顔を覗き込む。
アリシアはバッと顔を上げて、少し頬を赤らめながら言う。
「だ、誰が貴方の心配なんか! 頭に乗らないでくれるッ!?」
アリシアは大股で歩き始める。
(そうよ、レイは強い……『執行室』の任務だって、どうせいつもの調子でパパッとやっちゃうわよ!)
アリシアは自分を納得させるように心の中でそう言い聞かせながら、レイの先を行く。
そのとき────
「「──ッ!?」」
レイとアリシアは思わず立ち止まって目を剥いた。
────この感覚は一体何だろうか。
絶対的な力が放つプレッシャーのようなものが降り掛かってくる感覚。
人間の生物としての危機感知機能が、全力で警報を鳴らしている。
レイとアリシアだけではない。
魔法を使えないどころか、戦闘などとは縁遠い道行く人々でさえも、この異様な雰囲気を感じとるほどだ。
(な、何だ……ッ!?)
レイは額から冷汗を垂らしていた。
そして────
一筋の閃光が、まるで天から雷が落ちてくるかのようにルビリアの一角に降った。
そして、半瞬遅れて大気を震わせ、大地を揺らす特大の轟音が鳴り響く。
「アリス……ッ!?」
レイは爆風からアリシアを守るため、その身体を抱き寄せて自分の背を盾にする。
「何だっ……いや、あの方角は……」
────レイとソフィリアの屋敷がある。
いや、まさか……と、レイは脳裏に過ったその嫌な予感を否定しようとするが、考えれば考えるほどその予感が正しいような気がしてくる。
「レイ……?」
アリシアは不覚にもこの抱き寄せられているシチュエーションにドキドキしてしまったが、それも、レイのこれまでに見たことないほど驚愕している表情に掻き消される。
「ソフィーっ……!?」
「え?」
「アリス、先に前を逃がす!」
レイはそう言うと、アリシアを横抱きに抱える。
すぐにマナを身に纏って身体能力と肉体強度を高めると、爆発のあった方向と逆に駆け始める。
「れ、レイッ!? ソフィリアさんが危険なのッ!?」
「っ……わかんねぇよッ! でも、そんな気がしてしまうっ……!」
レイの表情は今にも泣きそうだ。
アリシアはそれを見て何も言えなくなってしまう。
そして、ルビリアの街の端──魔法的にも頑丈に作られている魔法学院に急いで戻ってきたレイとアリシア。
レイは校舎の前でアリシアを降ろす。
「アリス、絶対ここを動くなよ……!?」
「レイ……まさか行くのッ!?」
「ああ!」
レイは短く答えて、早速駆け出そうとする。
しかし、アリシアがレイの袖をキュッと摘まんで引き留める。
「あ、アリスッ!?」
「っ……!?」
いざ引き留めたのは良いものの、アリシアは何を言うべきか、レイにどうしてほしいのか……口から出てこなくなる。
「悪いアリス、俺急ぐから──」
「──レイッ!」
アリシアは叫んでいた。
頭では何も考えられていない。突発的に出た言葉。
「絶対……死んだりしないで……ッ!」
アリシアがレイを真っ直ぐ見据える。
その宝石のような緑色の瞳からは涙が溢れていた。
「死んだら……コレ、返してもらうから──」
「え──」
アリシアはすっとレイとの距離を詰め、軽くつま先立ちになる。
そして、レイの胸に手を当てて支えにし、自分の唇をレイの頬に優しく押し当てる。
一瞬時が止まったような感覚だった。
アリシアは頬を赤らめ、視線を斜め下に逃がしながらレイから離れると「ほら、さっさと行って帰ってきなさいよ」と呟く。
レイはしばらくそんなアリシアを呆然と見詰めたあと、ふっと小さく笑って身を
「待ってろ。パパッと終わらせてくるわ──」
そう言い残して、瞬く間にアリシアの前から去っていった。
その背中を見送るアリシアの視線にはどこか熱が籠っており、実に儚げだった。
そして…………
「バーカ……」
そんなアリシアの呟きは、誰の耳にも届くことなく、辺りに霧散していくのだった────
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