第28話 天の迎え

 それは、突然のことだった────


 ソフィリアはいつも通りレイの帰宅を待ちながら、お菓子とお茶の準備をしていた。

 そんなときだった────


「──ッ!?」


 天から降ってくる圧倒的な気配。そのプレッシャー。


 ソフィリアは咄嗟にその場から離れようと、屋敷の壁などお構いなしにぶち抜き、その純白の双翼をはためかせて外に出る。


 刹那────


 ドォオオオオオオオンッ!!


 と、降ってきた何かが屋敷を爆風で消し飛ばす。

 大量の土埃が舞い上がり、晴れた先には見るも無惨な屋敷の姿が。


 そして、その爆発の中心に人影があった。


 長身の男。髪はプラチナブロンドで短く切られており、体つきは実にたくましい。

 白い衣から出ている手足や胸には隆々と筋肉が発達している。

 そして何より、その正体を示すかのように背中から生えた一対の白い翼と、頭上に浮かぶ光輪。


 ソフィリアは油断なくその男を見据えて、苦い顔をしながら呟いた。


「ヴォーリス……ッ!?」


「忘れてはいなかったようだな……ソフィリア」


「忘れる、ですか……それが出来ればとっくにそうしてますよ。何せ、天界から私を追放した張本人なんですからね」


 忌々しそうに、ソフィリアはヴォーリスを睨み付ける。

 ヴォーリスはその視線を受けてふっと軽く笑う。


「それは、貴様が無駄な抵抗をするからだ……ソフィリア? 大人しく我の妃となり、その身を委ねてくれていれば──」


「っ……! 誰が貴方何かにこの身体を渡しますかッ!」


 ヴォーリスはやれやれとため息を溢しながら、首を振る。


「まぁいい……ソフィリア天界に帰るぞ。四年間も下界に落とされては、流石の貴様も反省しただろう?」


「反省……? っは、それどころかかなり快適な暮らしを過ごせているのでお構いなく。どうぞお引き取りください?」


「はぁ……聞き分けのない奴だ。仕方ない、なら──」


 フッと、ヴォーリスの姿が霞み動く。

 そして、瞬く間にソフィリアの懐に入り込むと、引き込んでいた右拳を放つ。


 ソフィリアは咄嗟に身体の前で腕を交差させ受け止める。

 しかし、その威力に身体が押され、足の裏で地面を削って後退させられる。

 人間なら、間違いなく今のパンチで跡形もなく消し飛んでいた威力だ。


「こんな人間が溢れ帰った場所で始める気ですか? 迷惑にもほどがありますね……」


「人間のことなどいちいち気にしたりはしない。巻き添えを喰らって何人死のうが、我の知ったことではないわ」


「……相変わらずですね。そういうところが虫酸が走るほどに嫌いですッ!」


 ソフィリアは一つ手を振り、自身の服装を帰る。

 天使の装束の白い衣だ。

 つまり、ソフィリアが本気になった証拠。


「悪いですが、街の外までついてきてもらいます──」


 ソフィリアはそう言って翼をはためかせて、風景が霞むスピードで空を駆ける。

 ヴォーリスもそれに続くように飛ぶ。


 そして二人は、ルビリアの街を囲う外壁を越えてしばらく進んだところのだだっ広い平原で、文字通り人知を越えた戦いを始めるのだった────



 □■□■□■



「あれは……ソフィーッ!?」


 レイはルビリアの街を疾走しながら、上空を飛んでいくソフィリアの姿を見る。

 そして、それを追いかけるもう一個の人影──天使の姿も。


 それを見たレイは、ルビリアに来る前にソフィリアが言っていたことを思い出す。


 天界に帰るのは、いつか必ず訪れる未来だと。


(それが今日? 何で急に……ッ!? このまま別れとか許さないからなッ!?)


 レイはさらに加速した。


 街の外の方から聞こえる爆音や轟音。

 すでに戦いは始まっていることがわかる。


(だが、戦ってるってことは……ソフィーは帰るのを拒んでるのか?)


 まあ、行けばわかるとレイは焦る気持ちに身を任せ、ひたすらに駆けた。



 □■□■□■



 ルビリアを囲う高い外壁を、レイは垂直に足を掛け、一気に駆け上がる。

 そして────


「ソフィーッ!?」


 と、名前を叫んだあと、レイは息を飲んだ。


 平原にいくつものクレーターが作り出されており、緑色だった風景は、炎で焼け焦げた焦土と化している。

 一言で言って地獄絵図。


 そして目を向けた瞬間、空中戦闘を行っていたソフィリアがヴォーリスに叩き落とされ、地面に何個目かわからないクレーターを作り出し、地面に埋まる。


(ソフィーが……吹っ飛ばされた……?)


 レイは頭の中が真っ白になった。

 自分の中では当然ソフィリアが最強であるという認識だった。

 手合わせで一度も勝てたことはないし、こんな風に吹っ飛ばすなど出来るはずもない。


 それなのに今、ソフィリアは地面に膝をつき、血反吐を吐いている。


 その姿に、身が焼け焦げるくらいの怒りが込み上げてくる。

 理性なんて、保っていられるわけがなかった。

 ソフィリアでさえ押される相手に対し、自分が何を出来るのか……そんなことさえ考えられなかった。


 気付けば両の手の平を向けており────


「クソがっ……ぶっ飛べよ──《力の奔流よ、道を成せ》ッ!!」


 周囲のマナがレイの両手の前に集束し、膨大なエネルギーの塊を形成する。

 そして、指向性を与えられて一気に解き放たれる。


 レイの使う魔法の中では最上級の威力を誇る【オリジン・バースト】────対象の根源オリジンごと消し飛ばす、必殺技。


 極太の光の奔流が、宙に浮き、ソフィリアを見下ろしているヴォーリスに迫る、迫る。

 しかし…………


「《我が強靭な肉体は永劫不朽なり》」


 ヴォーリスが神聖語でそう言うと、その身体からただならぬ覇気が放たれる。

 そして、肉薄していた【オリジン・バースト】を右手で薙ぎ払う。


「ウソ、だろ……ッ!?」


 一直線に駆け抜けていた光の奔流は、ヴォーリスに払われた方向に流れる。


 レイは人間の身に余る魔法を行使したことによる脳の負荷に耐えながら、あり得ないものを見るような目でヴォーリスを睨む。


 そして、すぐにソフィリアがいる場所へと駆けていく。


「おいソフィー! 何なんだあのバケモノは!?」


「レイ……来ちゃダメですっ……!」


 ソフィリアは近付いてくるレイを手で制する。

 そして、ふらつきながら立ち上がると、ヴォーリスに視線を向ける。


「あれはヴォーリス……私を天界から追放した張本人です」


「そ、それが何でここに……?」


「ははは……何でも連れ戻しに来たそうですよ。私も変なのに好かれたものですね……このまま連れ戻されて、妃にさせられるんでしょう……」


「妃ってお前……」


「レイ……ごめんなさい。突然のことで戸惑うでしょうが……私は帰ります、天界に……」


 そう言って、無理矢理笑顔を作ってみせるソフィリア。

 レイは、目の前が真っ暗になる感覚を覚えずにはいられなかった────

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