第29話 圧倒的な力の前に

「は……? ソフィー、何言ってんの……?」


「天界に帰ります……」


 レイとソフィリアの間に沈黙が流れる。

 そして、そこへ空からゆっくりと降りてきたヴォーリスが声を掛ける。


「そこの人間、ソフィリアはもらっていく」


「アンタ誰だよ……いきなり現れやがって……」


「ふん、人間に名乗るのも癪だが、まあ良いだろう。我が名はヴォーリス。そこのソフィリアを妃に迎え入れる者だ」


「……ッ!」


 レイは鋭くヴォーリスを睨んだ。

 しかし、自分がここでヴォーリスの前に立ち塞がったところで、数分も持たずに返り討ちにされるのは目に見えている。


 しかし────


「悪いけどっ……ソフィーは渡さないッ!」


 それでもレイはソフィーを背に庇うように、ヴォーリスの前に立ち塞がった。

 ヴォーリスはそのレイの姿を呆れたように見据えながらため息を溢す。


「人間、貴様ごときに何が出来る? 命が惜しくないのか?」


「そうだよな、俺だけじゃ何にも出来ない……。命? 惜しいに決まってんだろ!」


「なら──」


「でもな! だからって何もしないわけにはいかないんだよ! ソフィーは俺の傍にいてくれなきゃ……家から見捨てられた俺に出来た、たった一人の家族なんだからッ!」


「レイ……」


 ソフィリアが、レイの背中を見てその銀色の瞳から涙を流す。


 本当に、初めて会ったときに比べて、随分と背中が大きく感じられる。

 もちろん身長が伸びたこともあるが、それ以上に、頼り甲斐のある存在に成長したということだ。


「ソフィー……もしお前自身が天界に帰りたいと思っているなら止めない。でも、もしそうなら何でお前は──」


 レイは振り返ってソフィリアの顔を真っ直ぐに見詰める。


「──そんな悲しそうなんだよ!」


「──ッ!?」


 ソフィリアは俯いた。

 溢れ落ちる涙が地面を濡らす。


(そんなの決まってるじゃないですか……四年間も私がつきっきりで鍛え上げた君。からかうと頬を赤くして不機嫌になる君。何だかんだで一番私のことを理解してる君。

 ……そんな君との生活が楽しくて、暖かくて──)


「離れたくない、からですよ……。君ともっとずっと一緒にいたいッ!」


「ったく……最初からそう言えよバカ……」


 レイはソフィリアの目許を指で拭い、涙を止める。


「ってことだヴォーリスさん。やっぱソフィーは渡せない」


「人間がぁ……付け上がるなよぉッ!?」


 ヴォーリスは忌々しそうにそう叫んで、右拳をレイに突き出してくる。

 流石天使……やはり凄まじい威力とスピードだ。


 しかし、同じ天使の攻撃を四年間も見て、喰らい続けてきたレイには充分見切れる速度。


 レイはすっと身体を落とし、ヴォーリスの右ストレートを頭上に回避する。

 そして、レイの後ろに立っていたソフィリアが、そのヴォーリスの拳を掴み、動きを止めたところで────


「《雷線よ》ッ!」


「ぐあぁっ……ッ!?」


 レイはしゃがんだまま、人差し指をヴォーリスに向けており、その先から電撃の弾丸を放つ。

 宙に描かれた一条の光の軌跡は、ヴォーリスの左肩を撃ち抜いた。

 パァッと鮮血が散る。


 そして────


「《烈風よ、疾く激しく吹き荒れろ》ッ!」


 ソフィリアが神聖語で叫ぶ。

 すると、岩をも砕く躍り狂う風がヴォーリスを叩き付け、遠くに吹っ飛ばす。


 ────見事な連携。

 互いに互いの戦い方を知っており、深い信頼と絆で結ばれているからこそ成し得る共闘。


 いちいちタイミングを指示する言葉などは要らない。

 レイはソフィリアが、ソフィリアはレイがどう動くのか手に取るようにわかる。


「もうちょっと泣いてても良かったんだぞ?」


「いえ、さっきのは目にゴミが入っていただけなので……それより、たかだか生まれて数十年の人間風情が、よくも私に偉そうに語ってくれましたね?」


「あぁ、なんか懐かしいなその構文……」


「ふふっ」


 レイとソフィリアは並んで立つ。

 そして、土煙の向こうに立ち上がったヴォーリスを油断なく見据える。


「そうか……ならもういい。二人まとめて消し去ってくれる……ッ!」


 ヴォーリスは怒りに満ちた眼差しでレイとソフィリアを睨み付ける。

 そして、神聖語の羅列をぶつぶつと呟く。


「レイ、あの筋肉大好き自己中天使は、格闘を得意としています。ひたすらに身体の強化の魔法を重ね掛けし、圧倒的な筋力と防御力を武器にしている……そう簡単に攻撃は通りませんよ?」


「なるほどね……なら、何とか隙を作って、俺らの最大火力を叩き込むしかないな」


 レイはそう言って、ありったけのマナを身に纏い、身体能力と肉体強度を爆発的に高める。

 そして、神聖語を呟き、両手に紫電の刃を宿らせる。


 ソフィリアもレイの作戦に同意し、軽く宙に浮いて臨戦態勢に入る。


 そして────


「死ねぇえええええッ!」


 踏み込んだ地面を抉って突っ込んでくるヴォーリス。

 狙うのはやはり、戦闘力で劣るレイだ。


(俺も肉体強度は飛躍させてるとはいえ、もろに喰らうのはヤバそうだなッ!?)


 レイは繰り出されるヴォーリスの打撃の数々を身体捌きでかわし、時々パンチを弾いて軌道を逸られたりして耐えていく。

 しかし、反撃に転じるタイミングなどない──今は。


「《土蛇よ、彼の者を絡め捕らえよ》ッ!」


 ソフィリアが神聖語でそうマナに命じ、爪先で地面を軽く叩く。

 そのタイミングで、レイはヴォーリスから大きく飛び下がる。


 すると、ヴォーリスの足元の地面が形を変えて隆起し、まるで蛇のようにヴォーリスの身体に纏わり付く。


「ちっ……鬱陶しい!」


 ヴォーリスは身体に力を込め、地面から伸びて纏わり付く蛇のような岩を破壊しようとする。

 元々の身体能力に加えて、魔法でさらに底上げされているだけあって、徐々に岩に亀裂が入っていく。


 しかし、拘束は少しでいい。

 それだけの時間があれば────


「はぁあああああッ!?」


 レイは、地面を強く蹴り出して、一気にヴォーリスとの距離を詰める。

 そして、右手に纏った紫電を一際激しく灯して、動けないヴォーリスの左胸──その奥にある心臓に向けて渾身の貫手ぬきてを放つ。


 最大まで高められた身体能力を利用した攻撃の威力は絶大。加えて極めて切断性の高い紫電の刃を纏わせている。

 この攻撃であれば、ドラゴンの鱗ですら貫ける自信がある。


 しかし────


「ウソだろッ!?」


「残念だったな人間……その程度の攻撃では、我が強靭なる肉体を破ることは出来んッ!」


「やべっ!?」


 ヴォーリスはふんっ! と一気に力を込め、纏わり付いていた岩を破壊する。

 レイは危険を感じて再び距離を取る。


 そこへ────


「《紅蓮の業火よ、躍り狂え》ッ!」


 ソフィリアが片手をヴォーリスに向けて薙ぎ払う。

 すると、どこからともなく万物を焼き尽くさんとする猛々しい炎が現出し、ヴォーリスに向かう。


 流石のヴォーリスもそれを直に受けるわけにはいかないのだろうか──迫る業火に視線を向ける。

 そして、足元の地面に向けて思い切り拳を放つ。


 すると、大地に大きく亀裂が走り、地面が城壁を形成するかのように盛り上がる。

 紅蓮の業火はその壁を溶かし、焼き尽くしたが、先にいるヴォーリスを焦がすまでには至らない。


「相変わらず無茶苦茶な……」


 この力業には、ソフィリアでさえも舌を巻く。

 レイはこの異次元の強さに声すら出ず、ただただ額から冷汗を垂らしていた────

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