第23話 さて、帰るか

「ソフィリア……俺の天使様だよ」


「天使……?」


「まあ、堕ちてるけど」


 アリシアが視線で「どういうこと?」とレイに訴えるが、それを説明するのは取り敢えずあとだ。

 今はこの状況をどうにかしなければならない。


(いやまぁ……どうにかって言っても、ソフィーが来た時点でもう勝敗は見えてるんだけど……)


 レイは苦笑いを浮かべながら、内心バルサとその連れの魔法師四人に同情していた。


 そして、ソフィリアはつい数秒前に制圧した二人の魔法師など、もはや興味すらなさそうにして、この場全員に向けて口を開く。


「天界にはこんな言葉があります──“百見は一見にかず”。意味は言葉通り……人間が百回見て理解できることの数より、天上の者が一回見て知ることの数の方が多いということです」


「「ひ、ひどいことわざだ……ッ!?」」


 レイとアリシアのツッコミは見事に重なる。

 そんな二人のツッコミを受けたソフィリアは、「どこが?」と言わんばかりに首を傾げてキョトンとしている。


 そして、ソフィリアはレイの隣に来るとバルサに視線を向ける。


「貴方が、レイの父上ですね?」


「そ、そうだがっ……! 何だ貴様はッ!?」


 バルサは手練れの魔法師二人がなす術もなく制圧されたことの動揺を押さえきれないまま、ソフィリアに人差し指を向ける。


 それを聞いたソフィリアはしばらく黙り込む。

 そして、周囲の気温が一気に氷点下を振り切ったような──そんなプレッシャーが放たれる。


「……貴様? 口を慎めよ人間が?」


「──ッ!?」


 ソフィリアの銀色の瞳がどこまでも酷薄に、鋭利に細められ、バルサを睥睨へいげいする。

 その圧倒的なまでの存在感と恐ろしさに、バルサは背筋に悪寒が駆け上がってくるのを感じる。


「まったく……愚かを通り越して哀れな人間ですね。レイを捨てたのは貴方でしょうに……今さらレイが戻るとでも?」


「も、もどるさッ! そうだろレイ!?」


 バルサはレイに視線を向ける。

 苛立ちだけではない……どこか、すがるような思いが混じった瞳。


 レイは呼吸を整えるためか、それともため息なのか──一度息を長く吐き出し、バルサを見る。


「お父様……いや、──」


「──ッ!?」


「俺は戻らないよ」


「な……なぜだ!? 戻ってくれば暖かく裕福な暮らしが──」


「ないよ。暖かくない。

 確かに裕福ではある……でもな、そんなもの要らないんだよ。

 今の俺には友達がいる。アリスや会長……まだ多くはないけど、友達と過ごす時間は悪くない。それに──」


 レイは一度ソフィリアの顔を見る。


「ソフィーがいてくれる。今の俺があるのは全部ソフィーのお陰だ……この力も、知識も、そして今生きていられているのも全部」


「ど、どうしたんですか急に……!? 何かくすぐったいのでやめてくださいよ……」


 ソフィリアは微かに頬を赤らめて視線を斜め下に逃がす。


「まあ、そういうわけでバルサさん……俺は戻らない」


「だ、駄目だ……お前は我がベリオール家に戻ってくるんだ!! お前ら、邪魔者を始末しろッ!」


 バルサは血走った目をソフィリアとアリシアに向けて、残り二人の魔法師に指示を出す。

 命令を受けた魔法師はバルサの前に出て、杖を突き出し────


「「炎魔【ファイヤー・アロー】ッ!!」」


 杖の先から、一条の深紅の軌跡を宙に描いて、放たれた炎の矢が瞬く間にソフィリアとアリシアに迫る。


 すると、ソフィリアはたっぷりと余裕をもってため息を吐き、飛来してきた炎の矢を一本鷲掴み。アリシアに向かっていた矢を、純白の翼を広げて叩き落とす。


「惰弱な炎ですね……お返しします」


 ソフィリアは鷲掴みにした炎の矢を一瞥いちべつし、一人の魔法師に向けて軽く──もちろんソフィリアにとって──投擲する。


 音速に迫るスピードで投擲された矢は、片方の魔法師の右肩を貫通してもなお飛び続け、後ろの建物の壁に深々と突き刺さった。


「ぐぁあああ……ッ!?」


 と、片方の魔法師が右肩を押さえて発狂しているのを気にすることなく、ソフィリアはもう片方の魔法師に肉薄。

 放った右拳を魔法師の腹部にめり込ませる。


 メキャメキャ……と不穏な音が聞こえたような気もするが、レイもアリシアも聞かなかったことにする。


 そして、一体どんな運動量を加えられたらそうなるのか──拳を喰らった魔法師は、まるで後ろ向きで飛行するかのように吹っ飛び、こちらも建物の壁にめり込んだ。

 早く手当てしないとヤバそうである。


「ば、ば……バケモノ……!?」


「失礼ですね? この可憐極まる私をどう見たらバケモノと見間違えるんですか?」


 違う、そういうことじゃない──レイ、アリシア、バルサはそう思ったが、今そんなことは問題ではない。


 バルサはジリジリと後退りしながら叫ぶ。


「わ、わかった! 私が悪かった……レイのことは諦めよう!」


「はぁ……わかれば良いんです」


 ソフィリアはため息混じりにそう言って、きびすを返し、レイの方へ戻っていく。


 そのとき────


「んなワケあるか馬鹿者めぇえええええッ!? くたばれぇえええ!!」


 バルサはその手に杖を出現させ、ソフィリアの背中に先端を向ける。

 そして、魔法を行使しようとしたところで────


「悪いが……弱すぎる──」


 刹那の間にバルサの懐に潜り込んだレイは、左手でバルサの杖を弾き、続く右ストレートを胴体に叩き込む。

 こちらもメキャっ……くらいの音はしたが、少なくともソフィリアよりかは上手に手加減できているはずだ。


 バルサは吹っ飛ばされて地面を転がり回り、最後に気絶。

 意識が残っていたら、相当な痛みを感じていたことだろう。


「さて……帰るか?」


「そうですね」


 レイの言葉にソフィリアが頷く。

 まるで何事もなかったかのように歩き始めるその二人の背中を見たアリシアが────


「いや、その買い物に出掛けてたけど日が暮れてきたから帰ろうかみたいなノリで言わないでくれる……?」


 全人間を代表して告げられたツッコミであった────

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