第33話 天助の魔法師
「あ、あの! 助けていただきありがとうございます!」
先に沈黙を破ったのは、赤髪の少女だった。
ペコリと一礼し、再びレイに視線を向ける。
「私はマリエール男爵家の一人娘、リエラ・マリエールと申します」
「あぁ、どうも。俺はレイと申します」
ここは学院ではない。
身分の違いをきちんと理解して、レイは貴族である赤髪の少女──リエラに向かって、深く頭を下げる。
「ちょちょちょ、頭を上げてください! 貴方は助けてくださった方なんですから!」
「そ、そうですか?」
レイはリエラの意外な反応に少々戸惑いながらも、再び向かい合う。
どうやらリエラは、貴族という立場を鼻に掛けたりすることがない──それどころか、身分の違いをあまり気にしない少女のようだ。
「改めて、助けていただいて本当に──」
「──ッ!?」
レイは、リエラの言葉の続きを聞かず、咄嗟に頭を引く。
すると、目の前を一筋の閃光が駆け抜けた。
それが魔法──『電気』系統の黒魔法による攻撃であることは明白。
レイはすぐに飛んできた方向に視線を向けながら、リエラを背中に庇うように立つ。
すると、正面から一人の少女が物凄い勢いで駆けてきていた。
明らかに人間の身体能力を越えている。どうやら、白魔法【フィジカル・アップ】による身体能力の強化がされているようだ。
「リエラ様から離れろ」
「……ん? あ、何か誤解してないかッ!?」
レイの叫びも虚しく、少女は地面を蹴って大きく跳躍すると、レイに向かって飛び蹴りを繰り出してくる。
レイはすぐさまマナを纏って身体能力と肉体強度を高めると、腕で少女の蹴りを受け止める。
「しぃ──ッ!」
少女は着地すると、今度は拳を放ってくる。
レイはそれを横目にかわして、透かさず少女の両手を拘束。建物の壁に押しやって、身動きを完全に封じる。
「強い……」
「ま、マキッ!?」
やはり、この少女とリエラは知り合い──いや、少女がリエラを敬称を付けて呼んでいたことから恐らく主従の関係なのだろう。
「申し訳ございませんリエラ様。どうやら私はここまでのようです。公衆の面前で衣服を剥かれ、情欲のままに身体を蹂躙されるのは私一人で充分……リエラ様はどうかその間に顔逃げください」
「……いや、何言ってんの?」
レイは呆れ返ったジト目をその少女に向けながら、ため息を溢す。
「申し訳ありませんレイさん。マキを解放してもらえないでしょうか?」
「ああ、ゴメンゴメン」
このあと誤解を解きつつ、少女のことについて簡単に紹介があった。
名前はマキ。
小柄で細身。長く艶やかな亜麻色の長髪に、その奥から覗く感情の見えない栗色の瞳。肌は白く、顔は精緻に整っており実に可愛らしいが、無表情。
感情の起伏に乏しい少女のようだ。
そして、マキは幼い頃からマリエール男爵家に仕えており、リエラの侍女であり、幼馴染みであり、家族のように親しい親友なのだ。
「ほんっとうにすみませんでしたレイさん!」
「すみませんでした」
リエラとマキは並んで深く頭を下げ、レイに謝罪する。
そして、それを慌てて止めさせようとするこの様子は、さっきのレイとリエラの立場を逆にしたような光景だ。
「先ほど助けてもらったお礼と、今の謝罪を予て何か私達に出来ることがあれば……」
「いや、別に気にしてないから──」
「──身体で支払えはナシでお願いします」
「気にしてないっつってんだろ!?」
真顔で何を言ってんだコイツ……と、レイはマキに呆れた視線を向ける。
しかし、どうもそれではリエラは納得していないようだ。
そのとき、ソフィリアがレイの脳内で言う。
『それならば、この人間達に道案内を頼めば良いんじゃないですか?』
(あぁ、確かに!)
レイはソフィリアの提案にポンと手を叩く。
「ああ、それなら道案内を頼みたいんですけど」
「任せてください!」
「宿に連れ──」
「──込まないから安心しろ。場所は近衛魔法騎士団本部なんだけど……」
レイはマキの言葉を言われる前に否定しながら、行き先を伝える。
すると、リエラは「それなら──」と人差し指を向けて────
「王城の隣ですけど」
「灯台もと暗しかッ!?」
レイはずっこけそうになった。
まさか馬車から降りたすぐ傍に目的地があったとは……。
「でも、どうしてそんなところへ向かわれるんですか? レイさんは軍の関係者なのでしょうか?」
「んー、何か呼び出された?」
主に軍の情報は機密事項。
当然レイが『執行室』に入隊することも他言無用なので、レイは曖昧にしながら理由を述べたが…………
「な、何か悪いことでもされたんですかッ!?」
「罪状は、痴情強姦ですか?」
「違うからッ!?」
レイは二人に──特にマキに全力で否定しながら、首をブンブンと横に振る。
「んまぁ、知り合いがいるんですよ……あ、場所を教えてくれて助かりました。俺はこれで失礼しますね」
これ以上詮索されても困るだけなので、レイは早々に話を切り上げて一度お辞儀をすると、早足でこの場を後にした。
────この二人と再開することになるのは、そう遠いことではないのだが、まだそのことは誰も知らないのだった。
□■□■□■
「来たか、レイよ!」
レイが近衛魔法騎士団本部の三階にある『執行室』の執務室の扉を開けると、中からそんな久し振りに聞く声が掛かってくる。
「お久し振りです、ルーナ室長」
レイは扉を閉めてから、室長席に座るルーナに頭を下げる。
そして、手招きされたのでルーナの近くまで寄っていく。
「いやぁ、すまんな。本当だったら貴様のことを他のメンバーにも紹介したいところなんじゃが……あいにく今は皆任務に出ておる」
「そうですか……俺も精鋭の魔法師の顔を見てみたかったんですが」
レイはルーナとそんな話をしながらも、机に置かれた書類に必要事項を記入していく。
そして、書き終わると書類の向きを変えてルーナに手渡す。
ルーナはその書類に記入漏れがないかを確認して、「うむ」と一つ頷く。
すると、室長席の引き出しから、近衛魔法騎士団の一員である証──王国の紋章が刻まれた懐中時計を取り出して、机に置く。
「これで貴様も正真正銘、近衛魔法騎士団『執行室』に所属する軍人じゃ!」
軍人という重たい言葉に、レイはゴクリと喉を鳴らす。
そして、そんなレイの緊張を感じ取ったルーナはニヤリと口角を吊り上げて見せる。
「どうした? 怖いか?」
「ええ……この歳で軍人に選ばれてしまう自分の力が怖いですね」
「フッフッフ! 軽口が叩けるようなら大丈夫そうじゃな」
ルーナはそう笑って室長席から腰を下ろし、レイの傍まで来る。
ヴァンパイアということで、レイより圧倒的に長く生きているだろうが、その容姿がどう見ても子供で、レイの顔を見上げるように立っているので不思議な構図になっている。
しかし、見るものが見ればわかるその圧倒的な存在感と、身体から滲み出る強者の風格が、レイの身を引き締める。
「さて、『執行室』のメンバーにはコードネームが与えられる。そして、それは代々室長がその者に最も相応しいものを考えて名付けることになっている」
「なるほど……それで、俺のコードネームは?」
レイの質問に、ルーナはもったいぶるように沈黙を流し、真っ直ぐにレイの瞳を見据える。
そして────
「『天助』じゃ」
「──ッ!?」
レイと、その精神に宿るソフィリアまでもが驚いた。
このルーナにはソフィリアの存在が見えているのだろうか。いや、今はレイの精神に宿っている状態なので見えるはずはないのだが、それでもルーナは全てを見透かしたような深紅の瞳を向けてくる。
「貴様にピッタリじゃろ?」
「……ああ、そうですね。俺にピッタリだ……」
ルーナはニヤリと笑った。
そして、机に置かれていた懐中時計を取り、レイに手渡す。
「これからよろしく頼むぞ? 『天助』の魔法師レイよ」
「はい」
レイは受け取った懐中時計をギュッと固く握り締めるのだった────
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