一つのエピローグ

一枚の絵と羽根

 シルバーライトは六歳時の年末まで競走馬として現役を続け、良くも悪くも中距離長距離においてのSⅠ戦線を賑わせた。ライバル馬たちを寄せつけない圧倒的勝利を飾ったと思えば、次のレースでは折り合いを欠いて大出遅れをかまし多くの馬券を紙屑に帰すなど、かつて類を見ない独特の活躍で競馬の発展に大いに貢献した。

 競走馬引退後は種牡馬として多くの産駒を生み出し、圧倒的受胎率を誇ってそのテクニシャンぶりを披露した。本当にいつになっても話題に事欠かない馬だった。


 カズマは騎手として未だに現役を続けていた。馬に乗ることが自分の人生のようで、それ以外の道を思いつくことができなかった。

 速い馬、強い馬、たくさんいたが、やはりあの葦毛の暴れ馬との日々は彼にとっても忘れられない特別なものだった。最も手の焼かされた、けれど最も楽しかった、あの馬との日々。気がつくとつい思い出し、恋しく思ってしまう。


 サツキは引退した競走馬の支援活動に長期的に励んだ。時に自ら足を運び、時に情報を伝える記事を書き、牧場主のシゲルらとも連携して競走馬の現状を訴えた。それが自分の使命と考えたのではなく、彼女の行動の源にあるのは「衝動」だった。人知れず消えゆく命があるという事実と悲しみを、少しでも減らしたいと思った。それは馬に限らず、おそらく人と関わる全ての動物たちに共通する事柄だ。


 慎ましながら、カズマとサツキは一つの家庭を築くことになった。二人の間に産まれた男の子は、幼いころから馬と触れ合う生活を送った。その少年もいずれカズマと同じ道へ向かうことになるのだが、それはまた別の話である。


 ミドリは厩務員としてシルバーライトの引退まで付き添った後、ケンタロウのいるスターダストファームで働くことになった。

 シルバーライトは競走馬引退後にスターダストファームで生活を送ったため、またもこの葦毛の馬と顔を合わせて仕事をすることになった。やれやれ、と呆れた様子のシルバーライトの顔を見て、やれやれと言いたいのはこっちだよとミドリは思った。だけどその後、彼女の顔には自然と笑みが浮かんだ。


 月日は緩やかに流れていき、人々と馬は各々の生活を送っていった。

 そして、ある流星群の夜がやって来た。



 あー、星が綺麗だなあ。

 草食べたいな、草。

 ミドリのやつ、最近リンゴくれないからな。

 さてと、そろそろ行くか。この翼、結構重いんだぞ。

 ミドリは泣きそうな顔になってる。相変わらず泣き虫なやつだなあ。

 カズマは穏やかな笑みを浮かべてる。余裕ぶっこきやがって。だけど、お前と一緒に走ったレース、なかなか楽しかったぜ。

 なんだかんだで、お前たちには感謝してるんだ。

 べつに寂しくなんかないからな。

 本当だぞ?

 だから、べそなんてかくなよミドリ。

 じゃあ、サクッと行くわ。

 さいなら。

 ああ、美味いもん食いてえなあ。

 そうそう、忘れてた。

 人間はこういう時に、この言葉を言うんだろ?

 ありがとな。

 お前たちのことは忘れない。

 お前たちに出会えて、オレは幸せだ。

 オレからの贈り物、大事にしろよ。





 その机の上には、絵の描かれたスケッチブックが載っていた。

 白い体毛の馬。その背中に跨る男。そして前で手綱を引く女。

 その絵の傍に、そっと一枚の羽根が添えられた。

 白銀に輝くその羽根は、とても美しかった。

 三人が築き上げた絆のように。

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銀翼の絆 さかたいった @chocoblack

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