黄金の系譜

 ゴールドスターという名の競走馬がいた。毛色はまさに黒い黒鹿毛で、デビュー当時は体重が400kgとちょっとというとても小柄な馬だった。

 小柄な体格ながら、その性格は勇猛果敢(?)で、調教時には何度も立ち上がって騎手を振り落とし、自分の前を走る馬には噛みついていった。常に自分が強いことを証明したいと考えているような暴れ馬だった。

 とても癖の強い馬だが、この馬の名が世に知れ渡った理由は、その競走成績にあった。

 生涯の競走成績、五十戦七勝。相当数の競走馬が怪我で引退を余儀なくされていく激しいレースを、ゴールドスターは五十回も走り抜けた。恐るべき頑強さを誇った馬だ。だがこの馬を有名にしたのはそのことではない。

 ゴールドスターはその名に似合わず、「稀代のシルバーコレクター」という異名を持った。

 現役時代、ゴールドスターは多くの重賞、そしてSⅠレースに出走した。この馬は歴戦の猛者たちと数々の激闘を繰り広げ、あと一歩で勝ち切れない二着という着順を繰り返した。ここまで二着を獲り続けた馬はそういない。勝ち鞍こそ増えないものの、高成績で収得金額が増えることによってクラスが上がり、多くの重賞レースを走った。

 常に絶妙な着順で走り続けるゴールドスターには、独特の人気があった。気性の激しさやレース中の斜行癖もあることから、乗り手としては難しい馬だったが、ファンからの支持は高かった。ゴールドスターはいつだってそこにいたのだ。

 長年走り続けたゴールドスターのキャリアの後半では、鞍上をカズマが務めるようになった。SⅠで何度も二着を獲ってきたにもかかわらず、その時点でゴールドスターは一度も重賞で勝ったことがなかった。

 そして迎えたSⅡのレース。ゴールドスターはついに初の重賞制覇を飾った。当日のレース場は大荒れの天候だったが、それでも多くの観客が祝福の声援を送った。カズマはその時の光景を強く覚えている。担当調教師は喜びに瞳を潤ませ、厩務員は大人げもなく泣き腫らした。

 重賞制覇を果たせたことで、ゴールドスターには種牡馬への道が開けた。彼の産駒の活躍に期待が高まる。

 しかしこの馬にはまだレースでやり残したことがあった。ゴールドスターはSⅠレースで一度も一着を獲ったことがないのだ。

 そして迎えた引退のSⅠレース。五十戦目という大航海の節目。

 道中中団で控えたゴールスターは、最終直線で一頭飛び出している先頭の馬を追った。しかし残り200mの時点でまだ五馬身ほどの距離がある。

 また二着で終わるのか?

 誰もがそう思ったことだろう。

 だがゴールドスターは諦めなかった。直線で斜行をするという癖を出しながらも、馬はカズマの鞭に応えた。一位との差を縮めていく。

 それは奇跡のようだった。

 引退の決まっている最終戦で、ゴールドスターはハナ差で差し切り、最後の最後でSⅠ優勝を果たしたのだ。奇跡の大団円。五十戦目にしてようやく掴んだ金色の栄冠だった。



 ゴールドスターは晴れて種牡馬となった。しかしその小柄な体格が災いして、当初はあまり期待はされていなかった。小柄の親からは、小柄な子が産まれやすい。小さな馬は、買われにくいのだ。

 しかし去年、ゴールドスターの血の強さが証明された。

 ゴールドスター産駒であるエクレールが、圧倒的強さで三冠達成を果たしたのだ。

 そして今年、ゴールドスター産駒によるアルタイルステークス連覇を目指し、親の血を受け継いだ二頭の馬が舞台に立つ。

 テンペスタと、シルバーライトだ。この二頭はともにゴールドスターの子供。どちらも父親に似合わず大柄な体格だが、その気性の激しい性格は父親譲りだ。

 カズマはシルバーライトに運命のようなものを感じた。あのゴールドスターの子供にまた自分が乗ることになった。そして間もなく迎える最高の舞台。

 カズマはこの舞台に立てる喜びを噛みしめた。

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