星夜のカーレース
スターダストファームの入り口からトラックが慌ただしく出ていくところを、カズマとサツキは車の中から目撃した。
「こんな時間にトラック?」
車の助手席にいるカズマはトラックを訝しく見ていたが、その後さらに驚くべき光景が目に飛び込んできた。
「ひいいいいいいいい!!」
女性のものである高い悲鳴のような声と、パカッパカッというカズマには馴染み深い蹄が地面を打つ音。ミドリらしき人物を乗せたシルバーライトが走ってきて、先ほどのトラックと同じ方向へ公道を進んでいった。
「なに、今の?」
サツキが問いかけるが、もちろんカズマは知る由もない。
「さあ?」
カズマは楽しげに笑った。
「ちょっとちょっと、待って! もう少しゆっくり走って!」
シルバーライトの背中に跨るミドリは
ミドリは手綱を持ち、シルバーライトの背中にはケンタロウの上着で急ごしらえの鞍が敷かれている。しかし足をかけるあぶみもなく、直接馬からの振動を受けることになる。
この葦毛の馬、今まで乗ってきた馬とは比べものにならないパワーだ。ミドリは初めてシルバーライトの馬力を肌で感じることになった。いや、手綱で振り回されることならよくあるが。担当騎手であるカズマはずっとこの馬に乗ってきたのだ。そのすごさが身に沁みて理解できた。
ミドリは今の状況を冷静に考えたいところだったが、シルバーライトの走りが激しすぎてそれどころではない。振り落とされないように耐えるだけで精一杯だ。
「お尻痛い! お尻痛い! お嫁に行けなくなるー!」
カズマはサツキの運転する車で、トラック、そしてその後ろを行くシルバーライトとミドリを追っていた。ビームライトがシルバーライトの尻尾とお尻を照らしている。
馬は公道では軽車両扱いだ。馬で車道を走っていたって、法律に違反するようなことはない。しかしだからといって、こんな速さの馬に乗って道路を疾走する者など見たことない。
「ねえ、どういうことなの?」
サツキが運転しながら訊いてくる。
「だから、僕に訊くなよ」
知りたいのはカズマも一緒だ。
「まあ、今日は流星群だし、いいんじゃないか?」
「なにそれ?」
目の前のあまりの光景に、心配よりも可笑しさが勝ってしまう。ミドリとシルバーライトは、やっぱり良いコンビだ。
空では流れ星が瞬いている。
ミドリが指示を出すこともなく、シルバーライトはクレセントの捕らえられたトラックを追っていた。この馬には理解できているのだろうか? あのトラックに悪意ある者が乗り、仲間を連れ去ったということが。シルバーライトはクレセントを助けようとしているのか? だとしたら、なんて勇敢な馬だろう。
直線の道路ではさすがに自動車のスピードには敵わないが、この付近はカーブが多く小回りが必要な道が多いため、シルバーライトはトラックに離されるどころかみるみる近づいていた。スピードもさることながら、さすがの持久力だ。生身で自動車と競り合うなんて。
しかし、ここで一つ疑問が浮かぶ。シルバーライトはトラックに追いついてどうするつもりなのか。あの鋼鉄のボディに噛みつきでもするつもりか? この馬ならやりかねないが。
この時間、対向車はほとんど通らないが、後ろから一台の乗用車がつかず離れずの距離を保ってついてきていた。ミドリはその車が少し気になった。自分たちのことを観察しているような気がするのだ。
ミドリを乗せたシルバーライトは道路を疾走する。
舗装された二車線道路。路肩の先は、木々の生い茂った林。
紺色の空では流星群が踊り、線を描いている。
この空を、クレセントは駆けるはずだった。
まさに流星のように。
絆を築いた人と馬にとっての、大切な夜。
そこに泥を塗った者たちがいる。
許せない。
突然の出来事に振り回されていたミドリだが、ここにきて急に憤怒の感情が沸いてきた。
「行け、シルバーライト!」
細かな操作をするかわりに、ミドリは怒号を上げて馬を叱咤した。
普段はなかなか人の言うことを聞いてくれないシルバーライトだが、クレセントを助けたいという気持ちは同じらしい。ミドリの声に反応してスピードを上げた。追い越し体勢に入り、トラックの横につける。差は一馬身半。
運転席の窓から、トラックを運転している人間の顔が微かに見えた。シルバーライトが近づいていくと、こちらの存在に初めて気づいたようで、驚きにギョッと飛び上がった。まさか車の横を馬が走ってくるなんて夢にも思わないだろう。
「そんな近づいたら危ないよ!」
ミドリの忠告も聞かず、シルバーライトはトラックにタックルをかます勢いだ。運転手は馬の存在に戸惑いを隠せないようで、車体が左右にふらつき出した。
前方にカーブが見える。競走馬のシルバーライトはコーナリングもお手のものだ。
しかしトラックのほうはシルバーライトに気を取られてカーブに気づくのが遅れたらしい。急ブレーキをしながらハンドルを切り、車体が横滑りしていった。
トラックは道路を外れて林に突っ込み、側面を木々に当てながらしばらく走ったが、あるところででっぱりに乗り上げバランスを崩した。車体が九十度傾いていき、横倒しになった衝撃と轟音の後側面を下にしながらカーリングのストーンのように滑っていき、やがて止まった。
大変なことになったという心境のミドリをよそに、トラックに勝利したシルバーライトの喜びの嘶きが大きく響き渡った。
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