銀翼の絆

さかたいった

一つのエピローグと、一つのプロローグ

夢の終わり

 とても静かだった。

 まるで音を置き去りにしたかのように。

 ある瞬間を過ぎたところで、周囲から切り離された。

 レースの熱も、観客の声援も。

 届かない。

 追いつけない。

 いまだかつて誰も見たことがない景色。

 最高の相棒にいざなわれて。

 体を通して伝わる振動。

 激しいはずなのに、優しく、静か。

 相棒と呼吸を合わせ。心を合わせ。

 きみとなら、どこまでも行ける。

 誰よりも速く。

 誰よりも美しく。

 もっと、もっと先へ。

 最高の瞬間。

 まるでこの時のために生まれてきたかのような。

 この感覚を、手放したくなかった。

 誰にも渡したくなかった。

 もっと味わっていたかった。

 突然の沈み込み、そして浮遊感。

 相棒の首が視界の下に消える。

 世界が回った。

 自分を中心に、世界が回った。

 いや、回ったのは、自分のほうだ。

 体を地面に打ちつけてもなお、回り続ける。

 やがて世界が止まった。

 抜け出た自分の魂を探す前に、相棒を探した。

 ターフに横たわる相棒。

 痙攣する体で、起き上がろうと必死にもがいている。

 地響きのような振動が近づいてきた。

 後続馬たちが迫ってくる。

 這いずりながら、相棒に向かって手を伸ばした。

 だけど、その手は届かない。

 そして、二度と届くことはなかった。



 雨が降り出した。

 レースが終わっても、観客たちはその場に留まり続けた。

 天が涙を流していた。

 無情な運命が、黄緑の芝生を濡らしていく。

 世界を灰色に染めていく。

 誰もが祈った。願った。

 名馬の無事を。

 不安と心配をよそに、雨足は強まっていく。

 降り続ける涙。

 その日、レース場を濡らす悲しみのしずくが止むことはなかった。

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