嵐の予感
シルバーライトの三戦目となる舞台は、あいにくの悪天候だった。
前日から雨が降り続き、コースはびしょびしょの不良馬場。
ミドリはシルバーライトを引き連れ、二歳馬限定のSⅢレースであるドゥーベ杯のパドックに出た。シルバーライトにとって初めての重賞レース挑戦となる。
シルバーライトは雨をとくに嫌がる馬ではない。スピードよりもパワータイプの馬なので、むしろ重たい馬場を得意としている。ただ、ミドリは厚い雨雲に覆われたこの空がどこか不安に感じられた。
シルバーライトは前二レースの勝ちっぷりと、鞍上がカズマ騎手ということもあって、この重賞レースでも二番人気に推された。それだけ多くの人間に実力を買われているということだ。
そのシルバーライトを押さえて一番人気となったのが、すぐ前方を歩いている
葦毛のシルバーライトと対照的に、黒い毛色。眼光鋭く、その堂々とした佇まいからもただならぬ馬だと感じさせる。
ちなみに競馬ではよくあることなのだが、このテンペスタとシルバーライトは父親が同じである。違う牝馬から産まれた、異母兄弟といっていい。産まれた時期もほぼ同じで、半分は同じ血が流れている。毛色こそ異なるが、大柄の体格や荒々しさのある雰囲気は通じるものがあった。
そのミドリたちの前方を歩いているテンペスタが立ち止まり、イヤイヤをするように首を振った。厩務員が振り返って馬の状態を確認している。
歩いているシルバーライトは自然とテンペスタに近づいていく。そして睨みつけるようにテンペスタに顔を向けた。ミドリは手綱でハミを引っ張ったが、シルバーライトは無視して向かっていく。
馬が近づいてきたことに気づいたテンペスタがシルバーライトに顔を向けた。お互いに睨み合い、一触即発といった空気が流れる。
ちょっとちょっと、やめなよ、レース前だよ。
ミドリのその心の内の願いも通じず、シルバーライトは睨みつけたまま動こうとしない。
そこへカズマがやってきた。シルバーライトにボディータッチをし、意識を逸らせようとする。
テンペスタが再び歩き出した。しかしシルバーライトはまだそのテンペスタを睨んだままだった。
カズマはシルバーライトに乗り、本馬場に入場した。
降り続く雨のせいで視界は悪く、足場も悪い。返し馬を始めたシルバーライトの白い体が飛び跳ねる泥のせいで早くも汚れていく。
ドゥーベ杯の距離は2000m。これまでの二戦より少しだけ長い。三冠の一つ目であるSⅠのデネブ賞と同じ距離だ。この雨の中、いかにして上手く走り切れるか。騎手としての手腕が問われる一戦となる。
カズマがシルバーライトを走らせてゲートへ向かっていると、前方を走る馬がやや斜行し、彼らの前に入ってきた。カズマはすぐに走る位置を変えようとしたが、それよりも早く前の馬が飛び散らせた泥がシルバーライトにかかった。
これにシルバーライトが激昂した。大きな唸り声を上げ、前を走る馬を追いかける。カズマは手綱を引いて抑えようとしたが、言うことを聞かない。
前を走っていたのは、一番人気のテンペスタだった。まさか狙って泥をかけたわけではないと思うが、これにはカズマも少し苛立った。レース前で気が立っているのは、馬だけではない。しかしここは冷静にならなければ。
スタートの前の曳き運動でも、シルバーライトはテンペスタが気になって仕方ない様子だった。ミドリとカズマがどうにかなだめようとするが、治まる気配がない。テンペスタに近づいての威嚇行為を繰り返している。
不運だったのは、枠順だ。シルバーライトは三枠六番。その隣五番が、テンペスタだった。これでシルバーライトが落ち着くわけがない。
ゲート入り後、シルバーライトは体を大きく動かしながら隣のテンペスタに向かって地響きのような唸り声を上げた。今にも取って食ってやろうという勢いだ。周りの馬に乗っている騎手たちが驚いてシルバーライトに目を向けていた。おそらくこんな馬の唸り声は初めて聞いただろう。
混乱の中、ゲートが開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます