3-6
オレは噛んだ相手のことや喧嘩した末に起きたことなど、噛みつきに至るまでの経緯をこと細かに話した。もちろんガーゴイル族の特性や、ガルベル君がまだ話せない子だということも。
怒り心頭では言い訳に聞こえてしまうかもしれないが、正しく状況を報告するのは大切だ。保育士に対して恨みを覚えるうちはまだ良いが、噛んだ相手の家庭に矛先を向けないとも限らない。失態は最初の段階で全てを打ち明けるのが肝要、後手後手で話す方がよっぽど心証が悪くなる。自分や園、そして相手の家庭も、だ。初期対応が明暗を分けると言っても良いだろう。
「じゃあ全部、うちの子が喧嘩したせいだって言いたいのニャ?」
「いえ、全てキャルトちゃんのせいという話ではありません。ただ、きっかけになった、というだけです」
「同じ意味じゃニャい!」
バン!とテーブルが激しく叩かれる。真横のキャルトちゃんが、びくっと身を震わせた。
どうやらマオさんは納得出来ない様子。本当のこととはいえ、自分の娘が年下相手に喧嘩をして、そのせいでケガをしたという事実を認めたくないようだ。祖先が野山を駆けまわった戦闘民族だったという
「それにガーゴイルの、噛みつき癖ってヤツ?……集団生活しちゃダメじゃニャいかしら!?」
「お気持ちは分かります。ただ、この園は多様な種族が共に仲良く暮らすことを目指した園なんです。どんな種族でも分け隔てなく、が理念ですから」
「じゃあ、ケガさせニャいでよ!」
「……それは仰る通りです。申し訳ない」
ケガをさせてしまったという失態は、どう取り繕っても揺るがぬ事実だ。平謝りする他ない。
しかし、ここは様々な種族が入り乱れることが前提の特殊なこども園であり、共存にあたり障害も多々発生する可能性については募集時点で明記されていた事項だ。彼女も園生活に伴う衝突やケガなどは承知して娘を預けているはずだが、怒りでその件は忘れているのか共存が頭にないのか、ガーゴイル族の習性に対して排他的な考えを示している。娘に対する危険を取り除きたいあまり、過激な発想に偏ってしまったのだろうか。
「あのね、ママ――」
「いいのよ、キャルトは。悪いのはこのロリコン先生なんだから」
マオさんの口から飛び出したのは、聞き覚えがあるフレーズ。度々キャルトちゃんが罵倒に使っていた言葉だ。
ふと、一つの懸念が湧いてきた。
「もしかして、オレ達保育士は全員ロリコンこじらせている危険人物、それか犯罪者予備軍なんて思ってないですよね?」
「あら、違うのニャ?男の先生ニャんて、多かれ少ニャかれ変態でしょ?」
ドンピシャかよ。
どうやら、キャルトちゃんの偏見の原因は母親だったようだ。
親が言うことを、子どもは素直に信じる。まるでスポンジのように、善悪問わず何でも吸収する。だから教育は大切で尊いと言われており、また逆に恐ろしいのだ。子どもにとっての当たり前が、教える内容一つで簡単に歪んでしまうのだから。
「はっきり言っておきますけど、オレはロリコンじゃありません。むしろ胸が大きい大人の方がタイプです」
「ニャッ!?私を狙っているニャ!?」
「あと人妻も興味ないですから」
自意識過剰だな、マオさんって。余計なことを言えば、どんどん面倒な方へ転がり落ちていきそうだ。
確かに子持ちとしてはトップレベルの、ナイスバディと呼べる美しいラインが眩しい。美を保つために日々努力を惜しまないタイプなのだろう。さすがに人妻の不倫相手になってまで、大きな胸を求めたりはしないが。
それはさておき、これだけは言っておきたい。
「もうこの際、オレのことは変態でいいです。ロリコンでもショタコンでも、どうとでも思って構いません。ですが――」
人間と異種族の共存のために。否、そんな大仰な話じゃない。
ただ目の前の、一人の子どものために。
「――娘の前で、偏見を口にしないでいただきたい」
生きとし生けるもの、各々の考え方は自由だ。それを縛って良いきまりなんてどこにもない。マオさんがオレをどう思うかも、もちろん自由だ。
だけど、まっさらな子どもの心に、大人の歪んだ思想を植え付けてはいけない。キャルトちゃんの考え方は、キャルトちゃん本人のものなのだから。
「それ、どういう意味ニャ?」
「男の先生はみんなロリコンだって、吹聴したことだ」
「そ、それは……!女の子なんだから、変質者からの身の守り方を学ぶのは当然ニャ!ワーキャットの誇りにかけて、悪に負けるのはダメニャんだから!」
「それは一理あるが……相手を決めつけて全方位に攻撃的になる方が、よっぽど危険じゃないか?」
この国でも古くから子どもが狙われる事件は起きている。それはどこの国でも同じだろう。防犯意識を持つこと、それ自体はとても大切だ。
しかしマオさんの考え方は過剰だ。実際にキャルトちゃんは、男性を必要以上に毛嫌いする発言をしている。オレだから良かったものの、本当の変質者なら小さなプライドを傷つけられて憤慨し、逆上して余計危険になるかもしれない。
なによりも問題なのは、偏見を持ち続けてしまうことそのもの。これから先の、多様な種族が生きるこの国での生活を、不安と憎しみだらけの息苦しいものに変えてしまう。結局最後にしわ寄せがいくのはキャルトちゃん本人なのだ。
そんなのは御免だ。
これ以上子どもが苦しむ世の中なんて、オレは見たくない。
「う、うるさいニャ!私の教育に文句がある――」
「ママ、もうやめてニャ!」
なおも食い下がろうとするマオさんを、キャルトちゃんは
他の園児が見えない場所で話し合うまでは良かった。しかし、キャルトちゃんはクレーム対応の現場を全部見てしまったのだ。怒声と否定の応酬に、幼い心が傷ついてしまっただろう。配慮が足りなかった、と言わざるを得ない。
「かまれたのは、キャルがわるかったから……もう、せんせいをせめないでほしいニャ!」
「キャルト……」
娘の懇願で我に返ったらしく、マオさんはばつが悪そうに口を
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