2-2
交友関係といえば、問題ありな二人組がいる。
「おだまりなさい!わたしのほうが、すごいにきまっているでしょ!?」
「なんだとコラ!?オレのほうがすげーにきまってんだろ!?」
お互いのプライドを賭けて一歩も譲らず、ぶつかり合う視線の火花を散らしているのは、最上級生のセピアちゃんとヴェイク君だ。
子ども達の中で最も早く園生活に慣れた二人で、年上同士で意気投合したかと思っていたが、気付けば角付き合わさる仲になってしまった。
ハーブちゃん達が齢が同じで仲良くなったのに対して、こちらは同じだからこそ敵視し合っているらしい。何かにつけて競い合い、大抵の場合は激しい喧嘩に発展する。子どもの中で一番年上なのだから、みんなの手本として落ち着いた姿を見せてほしい。少なくとも、毎日のようにやり合うのは勘弁してくれ。
「はいはい、一旦ストップしようか。今日は何で争っているんだ?」
オレは二人の間に入って喧嘩の仲裁役になる。誰かが止めないとこのやり取りは永遠に終わらないからだ。際限なくヒートアップして大爆発、大抵大惨事に発展する。もっとも、それで済めばオレも苦労しないのだが。
「おえかきよ。えのうまさをきそっているのよ」
「とうぜん、オレのほうがうまいんだからな!」
どうやら本日の喧嘩の火種は、芸術っぷりを競う絵心対決だったようだ。机の上には二冊の自由帳が置かれており、どちらもクレヨンで何かが描かれていた。
そう、何かだ。
セピアちゃんは青や水色などの寒色系を用いて水中を描いているようだが、それ以外の情報がいまいち伝わってこない。一際存在感を放つのは黒いクレヨンで描かれた影なのだが、その正体は一切不明だ。ホラー映画のワンシーンのような、底なしの恐怖感がある。クラーケン族特有の文化を調べれば、この影が何を表しているのか分かるだろうか。
ヴェイク君は赤やオレンジ色といった炎を表現するカラーが中心だが、タッチが激しくて何を描こうとしていたのか、具体的に想像出来ない。火山地帯出身なのでマグマの風景だと見当がつくが、だとすると絵のほとんどが溶岩の流れだ。子どもが描く風景画としては斬新さが溢れている。噴火の勢いそのままに筆を執ったみたいな作品だった。
「どっちがじょうずか、せんせいにきめてもらいましょうか」
「そうだよな。せんせい、どうなんだ!?」
「どうと言われてもなぁ……」
幼児が描いた
「ど、どっちもうまいと思うよ?」
なので明言は避けてふんわりと、どちらも褒める選択をした。子どもが描く絵は競い合うための道具ではなく、気持ちを表現するための大切な手段だ。喧嘩に繋がってほしくない。それにオレの思考が追いついていない、というダメダメさがバレたくない、というのも本心だった。園児の前では格好良い自分でいたい、なんて小さなプライドだが。
「そんなあいまいなこたえなんて、もとめてないわよ!」
「けっちゃくがつかねーじゃんか!」
しかし、それで納得してくれる二人じゃない。むしろ白黒つけたがらない日和見先生として、文句の対象になってしまった。なだめるつもりが火に油を注ぐ結果になるとは。どうやら今日も大事になりそうだ。
「こうなったらじつりょくで、わたしのすごさをみせてあげるわ!」
「へへん、のぞむところだぜ!」
そして、最終的に異種族同士の喧嘩が勃発する。せめてもの救いは周囲に被害が出ないよう、廊下に移動してくれたことか。自分より小さい子は巻き込まないだけ、まともと言えるだろう。
「くらいなさい!」
セピアちゃんの二本の触腕が伸びる。先端には無数の吸盤があり、捕まったら一巻の終わりだ。誰も逃れられない。
「ふん、そんなのあたるもんか!」
だがヴェイク君は背中の翼を展開して軽く飛び上がると、絡みつこうとする触腕を見事に回避。そのまま狭い廊下を悠々と滑空する。
「こんどはこっちのばんだぞ!ハァッ!」
「させないわ!」
ヴェイク君は口から火炎放射、それに対抗してセピアちゃんはイカスミを噴き出す。火山出身と海出身の仁義なき争いだ。
※
☆六多部沙羅の異種族ワンポイント講座・その四☆
『火炎放射』
四回目の題材については文字通り、口から火を放つ攻撃技だな。ドラゴニュート族の中でも火山地帯出身の者が身につけている能力で、体内の専用の臓器で生成されている。そのため火を噴くドラゴニュート族の体温は常に高めで、体表温度でも四十度近い。人間だったら重度の病気を疑うレベルだな。
火炎放射能力は、かつて狩りや外敵との戦いに使用されていたが、現在では文明が発達したことで本来の用途では使われなくなった。かわりに生活や仕事の一環としての活躍が主になっている。例えば調理用の炎や工芸品の加工など、人間社会でも幅広い用途があるんだ。
とはいえ血気盛んな年頃では喧嘩に使用する者も多く、度々火事の原因になっているという事例もある。地元なら問題ないが、よその土地で喧嘩に使用するのは、極力控えてもらいたいな。
☆六多部沙羅の異種族ワンポイント講座・その五☆
『イカスミ』
続けて五回目だが、こっちも文字通りだな。クラーケン族は見た目の通り、イカに近い特性を持っている。中でもイカスミは外敵から逃れるために使用する、体内の墨袋に溜めているという点でも同じだ。
液体だがとても粘度が高いため纏まりやすく、水中では自分の分身として活用する。昔は外敵に襲われた際、この分身を身代わりにして、その隙に逃げていたんだ。また、陸上では発射時の圧力を上げて、放水銃代わりに使用することもあるが、他の種族との争いの火種になりかねないので、実際に使う場面は稀だな。
因みにクラーケン族のイカスミは、かなり美味で食材としても重宝されており、人間社会で料理人として働くクラーケン族もいるらしい。一度は行って味わってみたいものだ。酒もグビグビ進むだろう。
※
「そこまでにするんだ!」
これ以上異種族能力全開の喧嘩を続けたら、二人ともケガをしてしまうかもしれない。それに、飛び散ったイカスミと火の粉で、廊下が大惨事の滅茶苦茶状態だ。この辺でやめてもらわないと、後片付けが地獄の作業と化するだろう。
なので、オレはもう一度仲裁しようと飛び出したのだが、それが間違いだった。
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
炎と高水圧のイカスミのダブルアタックが、容赦なくオレに襲いかかった。
幸いだったのは二人とも幼く、大して威力がなかったことか。死ぬかと思ったぞ。
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