5月編~ケンタウロス族の話~

2-1


 街路樹のにも緑が増えて、青嵐が吹く季節になった。日に日に温かくなっており、外を出歩く異種族の住民もよく見かける。どの種族も春から夏にかけてが、最も活発になる時期なのだろう。

 それは子ども達も同様。入園してから一ヶ月がたち、みんな園生活に慣れたようで、子ども同士の仲も深まってきた。朝から晩まで溢れんばかりの元気をみなぎらせて、思いのままに遊んでいる。多種多様な姿をしている園児だが、やっと普通のこども園らしくなってきたのだ。


「せんせーは、わたしのこと、すき?」

「す、好き……だよ」

「ほんとーにぃ?ほかのおんなのこより、もっともーっとすきなんだよねぇ?」

「それは……えっと」

「うわきしたら、ゆるさないんだからね~?」


 全く普通じゃない園児が約一名いるのだが。

 保育室で遊んでいる最中に、ハーブちゃんから飛んできた質問がコレだ。

 例のキス事件以来、ハーブちゃんからのアプローチは激しさを増している。毎日のように愛を確かめようと問答を続け、他の相手に奪われないよう釘を刺す始末。ラミア族の早熟っぷりと嫉妬深さが怖い。浮気も何も、オレは付き合っているつもりはないし、「好き」と言ったのも方便だ。幼児相手に本気の恋をするような、危ない人間なんかじゃないんだから。


「デレデレしちゃって、きもちわるいニャ」


 しかし、よく思っていない子がいるのも事実。

 オレのことを小児性愛者しょうにせいあいしゃの類いだと勘違いし、的外れな危機感を抱いているのは、ワーキャット族のキャルト・ニャットシーちゃんだ。

 全身がピンク色の毛並みで覆われており、癖っ毛が跳ねたカーブを描いている。瞳の色が左右で違うオッドアイで、右目は青、左目はオレンジ色に輝いている。

 一言で言い表せば、服を着た二足歩行をする猫そのもの。体格は人間の幼女なのだが肉球プニプニ、全身モフモフで抱き心地が良い。だけど不用意に触ると大変、怒りの引っ掻き攻撃が炸裂するのだ。実際、顔面に格子模様を描かれた経験あり。かなり痛かった。


「せ、先生は別に、デレデレなんてしてないさ」

「そうかニャ?ハーブちゃんとイチャイチャできて、ホントはうれしいんじゃニャいかニャ?」

「だから誤解だってば」

「おとなはうそばっかりニャ」


 オレがハーブちゃんと関わる度に、こんな調子で目の敵にしてくる。まだ四歳児なのに、不審者に気を付けようとする心構えは良いと思う。しかし自分に疑いの目を向けられるのは嬉しくない。

 加えてキャルトちゃんは毒舌で、先生に対して敬意を欠片も払わない。むしろ馬鹿にしてくる。保護者が甘やかして育てた節があり、日頃の様子から垣間見える、少々……否、かなり難ありの園児だ。


「まぁまぁ、キャルトちゃん。きめつけるのは、ちょっとはやいんじゃなーい?」


 そこで助け船を出してくれたのは、ケンタウロス族のシュヴァリナ・リトエーレちゃんだ。

 上半身はクリーム色のポニーテール頭にTシャツ姿と人に近いが、下半身はくり色毛並みの馬の体。四足歩行タイプの種族で、体だけ見ると人間の大人顔負けの大きさだ。園全体で見てもトップクラスの体格だが、これでも人間年齢で表すとまだ四歳。成人になればオレの背丈を優に超す高身長になるだろう。

 因みに同年齢ということもあってか、ハーブちゃん、キャルトちゃん、シュヴァリナちゃんは大の仲良しだ。種族は違えど女子同士気が合ったのだろう。生態がかけ離れていても友達になれるのが、この園の良いところと言える。


「きっとせんせいも、そのうちモテるようになるはずだから、しんぱいしないでよー。あっはっは!」

「ははは……そりゃ、どうも」


 明るくフォローしたつもりみたいだけど、それはオレが恋人に飢えている可哀想な人、って意味に聞こえるんですが。一応、悪気はないのだろう。

 ハーブちゃん、キャルトちゃんと比べると一般的な人間の幼児に近い子で、対応に困ることはない。さらっと酷いこと言うのが玉にキズだけどね。


「だからうわきはダメなんだってばーっ!」

「ごぶらっ!?」


 蛇の太い下半身がむちのようにしなり、オレの脇腹にめり込んだ。思い切り内臓がシェイクされて気持ち悪い。もしもの話でもこの嫉妬心炸裂である。そもそも付き合ってすらいないというのに。

 この調子では、片想い相手との距離を縮めようとした途端、激しい仕返しをしてきそうだ。泣きたい。

 オレは恋い焦がれる相手――えみるさんがいる方へと視線を向ける。どうやらウィンちゃんとおままごとをしているようだ。落ち着きのない子が座って遊べているあたり、えみるさんも保育技術が向上したらしい。赤ちゃん役をやらされているので「バブバブ」言っているだけだが。


「はぁ……」


 彼女とお近づきになりたい、という若干不純な動機でこの園に就職したのだが、一ヶ月たっても関係は一切進展せず。ただの同僚止まりのまま今に至る。

 子ども達はどんどん交友関係を作っているというのに、大人のオレが二の足を踏んでいるなんて。「お友達から始めましょう」すら何故言えないのか。と、日々自分の意気地のなさに辟易へきえきする。蛮勇でもいいから勢いがほしい。


「せんせい、おなかだいじょうぶ?」


 シュヴァリナちゃんがうずくまっているオレの脇腹をさすってくれている。ひざを折って四足の下半身を降ろし、可哀想な先生を介護してくれているのだ。


「ごめんなさい、せんせーっ!やりすぎちゃったよーっ!」


 続けてハーブちゃんも駆け寄って、大ダメージの脇腹を揉んでくる。それはむしろ痛みが入り込むのでやめてほしい。


「ほっといていいニャ。こんなヘンタイにんげんニャんて」

「誰が変態だ」


 心ない言葉が飛んできた。オレは体操よろしく跳ね起きて、音速でキャルトちゃんの猫耳を掴む。両手でガッチリ、逃がさない。


「はニャッ!?」

「お仕置きだ」


 触り心地抜群なモフモフっぷりもさることながら、耳はキャルトちゃんの弱点でもある。ふにふにと優しくもみしだけば、あら不思議。あっという間に――


「ふニャア~……」


 ――甘い鳴き声を上げながら、気持ちよくとろけてしまうのだ。目を細めてリラックス、うたた寝のように体を丸めてしまう。

 猫が液体という表現は、あながち間違っていないと改めて思うのだった。


 

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