1-10
「めぐめぐせんせーは、あんせーにしてなきゃダメ!おしごとはぜんぶ、えみるせんせーがするんだからね!」
「そ、そんなの理不尽ですよぉ……」
突然のキスからハーブちゃんの態度は一転。ピンチを救った英雄、そして愛情を注ぐ相手として、オレのことを気遣いあれこれ言い出すようになっていた。今までの悪ぶった態度は何だったのか、と首を三百六十度一回転させて頭を
日々の生活が寂しくて、わざと跳ねっ返り女子を演じていたとしても、方向転換の仕方がアクロバティックを極めている。ちょっと助けられただけですぐ相手を大好きになるなんて、惚れっぽいというか、恋心のスイッチが緩いんじゃないか。
しかし残念なことに、オレには乙女心という繊細な仕組みについては、生まれてこの方皆目見当がつかない。どこか
「遅くなってごめんなさい。お迎えに来ました」
「あ、お帰りなさい」
アナンダさんだ。いつも通り、閉園時間直前のご到着だ。くたくたのスーツと
「おかえり、ママー」
「ふふ。今日も楽しかったかしら?」
オレには自分の子どもがいないので分からないが、娘や息子というのは特別なのだろう。血を分けた間柄というのは、どの種族にとってもかけがえのない存在なのだ。
そんな大切な宝を預かっているのだから、これからも気を引き締めないといけない。間違っても今日のような、転落事故なんて二度とないように。
と、改めて決意をして、真面目に良いことを考えている最中だった。
「ママ、えっとね……わたし、すきなひとできたの!」
「ブゥーッ!?」
盛大に噴き出してしまった。
「あら?それってもしかして……」
「うんっ!めぐめぐせんせーなんだよ!」
何故、本人の目の前でそれを報告するんだこの子は。
こんな時、どんな顔して保護者対応していいか分からない。笑って誤魔化すのがいいのか、それとも「よく言われるんです。いい男でしょ?」とジョークを飛ばすのがいいか。経験値の低いオレには判断しかねる。
しかもどうしてなのか、アナンダさんもじーっと見つめてくる状況。その瞳は、一体どういう感情なんですか……。
「そう……先生のことが……」
「あ、あの……オレは別に……」
あくまでも子どもが言うこと、特に早熟でマセた女子ならノリで飛び出す言葉だ。告白されても何とも思わない。
大体、子どもに恋愛感情を抱くなんて犯罪だ。人間相手ではもちろんだが、異種族相手となれば余計に
しかし、あちらから無理矢理とはいえ、子どもと濃厚なディープキスをしたのは本当のことだ。訴えられたら負ける気しかしない。絶望的だ。
「そっか。うんうん、いいんじゃない?」
しかし、アナンダさんは納得したように頷くだけだった。娘の否定も、相手への叱責もない。ただ認めるだけだ。
「えへへ。でしょ~?」
「ハーブももうお姉さんの仲間入りね」
オレのことはそっちのけで、何やら盛り上がっている様子。
一体何だったんだ、今のは。親子のやり取りが謎でついていけない。ラミア族特有の文化なのだろうか。種族の差を痛感する。
「では先生。今後もうちのハーブをよろしくお願いします」
「は、はぁ」
結局よく分からないまま、二人は帰っていってしまった。
ハーブちゃんの突然の心変わりも謎だが、親子のやり取りは更に意味不明だ。事態が全く飲み込めず、もやもやして仕方ない。
「あの、えみるさん」
「は、はい!」
「いや、そんなに緊張しなくていいから……」
ここは同僚のえみるさんに相談してみよう。幸い彼女は『異種族文化』を学んでおり、実はオレよりも成績が良い。今のやり取りについても、詳細を理解しているかもしれないのだ。
「さっきのドーサ家が話していたのって、どんな意味だと思う?」
「あの、鈴振先生が告白された件についてですか?」
「うん、それ」
ちょっと考え込んでから、えみるさんは言った。
「多分なんですけど、……親公認の恋人ってことですね」
いや、どうしてそうなる。
たったあれだけのやり取りで、話が進み過ぎじゃないか。ホップ・ステップ・ジャンプで成層圏まで突き抜けている。
「ごめん。順を追って説明してほしいんだけど」
「えっと、あのですね。ラミア族の女性は恋愛感情が早熟で、子どもの頃から将来の相手を探すそうです……。だからハーブちゃんの気持ちは本当で、お母さんの方も了承している……ってことかと」
「……は?」
ということはつまり、なんだ。
キスも恋人宣言も、種族の本能としてオレを選んだってことだ。
オレは子どもから告白され、その親からは相手として認められた。自分が担任の園児で、しかも異種族の相手から。
前代未聞じゃないか、こんなこと。
「お、おかしいだろ。だってハーブちゃんはずっとオレのこと、邪険に扱ってきたのに……どうして急にこんなことを」
「それは多分……鈴振先生を試していたんじゃないですか?」
「試すって……?」
「悪いことをする自分にどう反応するか、付き合う相手に相応しいか確かめたいって、人間の女の子でもよくありますから」
何その悪女みたいなムーブ。
さすがラミア族。蛇の種族なだけあって、幼いながらも恐ろしい策略家だ。ただの女子と舐めてかかったら、ガブリと一撃、毒の一噛みをお見舞いされるってことか。
「……ハーブちゃんは乙女さんですね」
「そんな生易しいレベルじゃないってコレ」
こうしてオレは就職一年目にして、園児に恋愛対象として目を付けられてしまったのである。
全国のロリコン共、
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