2-3
「はぁ、疲れた……」
本日の業務が一段落したオレは、くたびれた足でふらふらと帰路についていた。
全身に疲労が蓄積していて、ずっしりと鉛のように重い。体力が底を突きかけている上、体中傷だらけの
職場が家から近くて本当に良かった。もし離れていたら帰宅途中で力尽き、道端に転がっていただろう。行き倒れに間違えられそうだ。でも徒歩なので、道中きついという事実は変わりないんだけど。
家に着いてもやることが山積みだ。保育計画や本日の反省などの、主に書類関係の持ち帰りの仕事があるし、自分の汗と子どもの体液でべとべとな、エプロンやジャージなども早めに洗濯しないといけない。その前に夕飯も作らないと、エネルギー切れで機能停止しそうだ。
「今日は何にしようかな……――あ」
献立を考えていて、ふと思い出した。冷蔵庫の中の食材がそろそろなくなりそうだったんだ、と。
「……スーパーに行くか」
少々
オレは道中にある、地域密着の大型スーパーに立ち寄ることにした。
ここは毎度お世話になっている店で、激安
しかし問題もある。優秀が故に、細心の注意を払わないといけない場所でもあるのだ。
「午後七時半……これは確実に、誰かいそうだな」
園近くで異種族がよく訪れるという条件から察する通り、このスーパーでは園児との遭遇率が高い。お買い物中にばったり、なんてことがしょっちゅう起きる。気を抜いている時に限って、ハイテンションな園児と
そんな悲劇を、どうしても回避したいのだ。
というのも、プライベートな時間に各家庭と会うのが苦手だからだ。オフの時に出会っても何を話して良いかさっぱりだし、単純に普段の姿を見られるのが恥ずかしい。園でも格好付けた姿がただのメッキだとバレて、折角積み上げたオレのイメージが崩れてしまう。
そして最も危惧しているのが、ラミア族のドーサ家に発見されてしまうことだ。園ならまだしも、公共の場でラブラブアピールされたら社会的に死ぬ。ただでさえ男の保育士というだけで白い目一歩手前なのに、疑惑の瞬間を見られてしまったら、この街で生きていけなくなるだろう。異種族の幼女に手を出す不届き者、として後ろ指を指される可能性大だ。
「はぁ。ヒット・アンド・アウェイ作戦で行くしかないか」
仰々しい作戦名だが、要するに買う物決めてさっさと去ろうというだけの、至って単純な話だ。周囲の人影には十分注意して、素早く目当ての品物を確保アンド即レジへゴー。時間をかけずに済ませれば、発見されるリスクも軽減されるのだから。
オレは意を決して、店内に滑り込む。
「あ、せんせーだ」
「ぐはぁっ!?」
入り口付近で早速ドーサ家に遭遇した。
作戦失敗、試合終了。気合いを入れて店内での動きもシミュレートしたのに、一瞬で水の泡だ。運がないにも程があるだろ。
「あら、先生。お仕事お疲れ様です」
「い、いえいえ。そちらこそ……」
アナンダさんとはつい先程、お迎えの時間に園で会ったばかりだ。スーツ姿のままなので、園から直でスーパーに来たのだろう。仕事にお迎えに買い物と、立て続けに大変だ。アナンダさんの頑張りを褒めたい。
「せんせーも、ばんごはんかいにきたの?」
「まぁ、そんなところかな。実は冷蔵庫が空っぽなんだ」
「そーなんだ。たいへんだねー」
「一人暮らしだからね。色々いい加減になっちゃうんだよね、ははは」
「じゃあ、わたしがおせわしてあげよっか?」
さすがに幼児に世話されるほど荒んでいないぞ。
これでも最低限の料理は身につけているし、掃除や洗濯だってきちんとやっている。いや、そこまでしっかりしていないか。自慢出来るような自宅じゃないもんな。
「大丈夫だよ、ご飯はどうにかこなしているから」
「えんりょしないでよ!せんせーのかのじょだもん、てりょうりふるまっちゃうんだもん!」
「だぁっ!?ちょ、ちょっと待って、ストップ!?」
いつか言うだろうと思っていたけど、やっぱりきたか。
他の客の前で、彼女面発言は勘弁してほしい。本当に洒落にならないんだ、そのセリフ。オレの人生を終わらせかねないというのに、軽々と言うのはやめてくれ。
「こら、ハーブ。そのお話はしーっ、だよ」
「あ、そうだったー」
しかし、アナンダさんが唇に人差し指を当てるジェスチャーをして、余計なことを言わないよう
ともかく事なきを得た。社会的死を免れて一安心だ。
「そういえば、先生。園では散歩とか遠足ってあるんですか?」
アナンダさんが話を切り替えてくる。
「ああ、すみません。まだやってないんですよ」
異種族こども園は史上初の試みで、毎日おっかなびっくり運営している。違う種族同士仲良く過ごせるか、人間相手とは違う予想外の問題が発生しないか。一歩一歩慎重なのだ。
そのため、園外での保育は視野に入っていなかった。周辺地域に迷惑がかかるのでは、事故が起きたら計画が
「でも、散歩なら行ってもいいかなって、思いますけどね」
しかし、当初想定していたよりもずっと早く、子ども達は園生活に慣れた。喧嘩や発達段階などの問題はあるが、それは人間の場合でも同様だ。異種族に限った話じゃない。
そろそろ戸外活動にチャレンジする頃合いなのだろう。明日あたり、園長の蛍さんに相談してみよう。
「わーい!さんぽいくの!?おそとだおそとだーっ!」
「ははは、そんなに嬉しいかい?」
「うんっ!すっごくうれしーっ!」
下半身が蛇で早熟恋愛脳とはいえ、年相応に無邪気な笑みも見せてくれるハーブちゃんなのであった。
日頃からその姿でいてくれたら、もっと楽なんだけどね。
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