2-4


「――ということで、散歩に行こうかと思うんですが、どうでしょうか?」


 早速、次の日のお昼寝中に相談してみた。

 普通の園なら職員室で会議となるのが基本だろうが、人手の足りないうちの職場は保育室で実施する。寝息を立てる子ども達の横で真面目に話し合いだ。


「うん。いいんじゃないかしら?」

「私も……いいと思います」


 蛍さんとえみるさん、どちらも好感触だ。


「さすがに一ヶ月ずっと園内だけってのも、そろそろ飽きが来ちゃうものね。国に出す書類としても、変化がないと仕事の怠慢やら予算の横領やらを疑われかねないし、最悪の場合計画自体が打ち切りになっちゃうから」

「うわぁ、世知辛い」

「結構シビアなのよね。余裕がないとも言えるけど」


 国から求められているのは、異種族の保育を行う施設としての実績だが、国の予算を使っている以上無駄遣いは許されない。結果が出なければ容赦なく終了宣告だ。

 そのため提出する書類が異常に多いのだが、それならもっと予算を増やしてほしい。いくら園児が十一人程度とはいえ、今後のことを考慮すると園庭は狭いし資材も足らない。子ども関係にお金を使わなかったから少子化したというのに、旧態依然とした姿勢が正されるのはいつになるのか。不正の可能性ばかり考えて金を出し渋ってばかりでは、どんな事業もうまくいかないというのに。

 なんて、文句言ったところでオレの仕事が変わる訳じゃないけどさ。最前線で仕事している身としては、物申したくなるものだ。


「それで、行き先はどうする予定?」

「そこなんですよ、問題は」


 ただ歩き回るだけの散歩なんて、ただの健康作りの習慣だ。明け方のご老人じゃあるまいし、それだけではつまらない。子ども達に散歩の期待感を持たせるためにも、目玉となる行き先を決めないといけないのだ。早い話、遠足のコンパクト版。目的地に対するワクワク感が重要である。


「今のところ、近場に公園はあるんですが……」

「で、でもあそこは……ちょっとマズイですよ」


 えみるさんが危惧しているのは公園の立地だ。

 園からすぐの公園は敷地が狭い上に、真横には大きなマンションが建っている。異種族の子どもが遊ぶのに適した広さとは言えないし、マンションの住民からのクレームが怖い。近いからといって考えなしに行けば、面倒なあれこれが大噴出してくるだろう。やめておくのが吉だ。


「それなら少し離れているけど、駅前の公園の方がいいんじゃない?」


 蛍さんが提案した行き先は、園からやや遠い場所に位置する公園だ。行き帰りに時間はかかってしまうが、駅周辺なら騒音を気にする人も少ないだろう。行き交う列車も子ども達の興味を引くだろうし、こちらが最適解かもしれない。


「ただ、こっちは道が危険なんですよね……」


 問題は大通りを通って行く必要があるということだ。人間が使用する車両は数を減らしたが、代わりに大柄なケンタウロス族が巨大な貨物馬車を引いて、アスファルトの上を走行するようになった。自然に優しいという観点から運送関係で重宝されているが、事故発生の可能性はそのままだ。毎日どこかで交通事故が起きている。鉄の塊じゃないだけマシかもしれないが、自分達が巻き込まれるのは勘弁だ。


「他に良さそうなところはない?」

「遊べる場所というと、これくらいしかないですね……」


 移民は順調に進んでいるが、社会全体で見るとまだ発展途上もいいところだ。様々な幼い異種族が一堂に集まる、なんて状況を想定している場所なんてほぼない。うちの園くらいだろう。それに移民をよく思っていない人だっているのだから。


「やっぱり、駅前がベストですね」


 公園との行き来に多少のリスクはあるが、総合的に見たらこちらの方が断然良いだろう。子ども達が心置きなく遊べる方が大切だ。


「でも大丈夫?道中危なくない?」

「それは……最悪、ダメそうだったら早めに帰ってきます」


 別に必ず辿り着かないといけない、なんてきまりはない。散歩の計画を遂行するのに意固地になって、子どもを危険に晒すなんて本末転倒。安全第一が保育の原則だ。

 園外に出ること自体が初めての取り組みなのだから、慎重にやっていくしかない。覚悟と責任を胸に、心して引率をしないとな。


「えみるさんも、それでいいかな?」

「は、はい……頑張って……ついて行きます」


 一先ひとまず行き先は決まった。

 あとは必要な道具の準備と散歩計画書の作成だ。やらないといけない仕事はまだ大量に残っている。当日ギリギリになるなんて失態をしていたら、安心して散歩に行けないのだから。みんなが寝ている今のうちに済ませてしまおう。


「…………ふぇっ」

「げっ」


 だが、そんな時に限って邪魔が入るものだ。特に保育という、生き物且つ幼い相手の仕事では。


「ピ……ピィ、ピイイイイイイイッ!」


 ウィンちゃんが空気を切り裂くような鋭い鳴き声、否、泣き声を上げた。悪い夢でも見てうなされたせいだろう。鳥類らしくけたたましい声量だ。

 朝の目覚ましに鳴くにわとりじゃあるまいし、みんなの安眠を妨害しないでくれ。起床時間ならいくらでも泣いていいから。


「くっ……!」


 オレは眠ったまま大泣きするウィンちゃんを抱き上げて、すぐさま廊下に飛び出す。これ以上保育室で泣き続けられると、他の子までどんどん起き始めてしまう。そうなれば確実にフィーバータイム突入、子ども達の対応を迫られるだろう。当然、仕事の「し」の字も出来なくなるのだ。


「ピィッ、ピッ、ピィィッ……!」

「オーケー、オーケー。先生がいるから安心して眠っていいぞ~……そうだ、お歌も歌ってあげよう――てばもとっ!?」


 寝相の悪さによるキックがあごに直撃した。ハーピィ族特有の健脚は強烈の一言。脳味噌が揺れている心地悪さだ。

 今日のウィンちゃんは、爪が短めに切ってあって良かった。長かったらケガは必至、下手すればあごが割れていたかもしれない。もちろん、ケツ顎って意味じゃないぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る