1-8
「……あれは、あぶないのでは?」
――ハーブちゃんが滑り台を逆走する姿があった。
子どもがする間違った遊び方ランキング第一位に入るくらいの、ポピュラーな危険行為だった。
「コ、コラーッ!や、め、な、さ、いーっ!」
冷や汗たらり。
オレは猛ダッシュでアスレチック遊具へと向かい、逆走するハーブちゃんを止めようとする。
どう考えても事故の元だ。人間の子どもでもアウトなのに、異種族がやったら余計に危険だろう。大ケガだってするかもしれない。
「や~だよっ!」
「なっ!?」
しかし捕まえる寸前でニョロリ、と蛇の下半身を器用に湾曲させて、オレの腕からしなやかに逃れていく。紙一重でかわされたのだ。さすが蛇の特性を持つ種族なだけあって、不安定な場所でも余裕の回避だった。
「どうやってあそぶかなんて、わたしのじゆうでしょ?せんせーに、とやかくいわれたくないんですけどー?」
「もし他の子とぶつかったらどうするんだよ!?ケガしちゃうだろ!?」
「だぁれもいないんだからいいじゃ~ん。ほぉら、よくみてよ?」
ハーブちゃんの言う通り、アスレチック遊具で遊んでいる子はいない。貸し切り状態だ。しかし、だからと言って、遊びのきまりを破っていいなんて都合の良い話はない。社会のルールや他人との関わりを学ぶのも、幼児教育の大切な役目だ。おざなりにしてはいけない。
「せんせいは、そのへんでみているだけでいいんだから、よけいなことしないでよ」
「余計って……お前」
よく勘違いされがちだが、保育士は子どもを見ているだけでいい職業なんかじゃない。遊びを通して勉強を教えているようなものなのだ。それを『余計』だなんてぞんざいな扱いをされると、自分の仕事をコケにされたみたいで腹が立つ。
「いいか、オレはハーブちゃん達の先生だ。間違っていることは怒らないといけないし、安全に遊べるように努力している。それが仕事だからだ」
「ほら、やっぱり。しごとだからおせっきょうするんじゃない」
「うっ……」
言い方をミスしてしまった。
以前ハーブちゃんは、仕事で自分のことを叱っていると思い、反抗してオレを石化させたんだった。言葉選びの大事さを痛感する。
怒りが先行してしまっているようだ。もっと冷静になって、有効な説得の言葉を発さないといけない。
「じゃあね、せんせー。んべ~っ!」
しかし、子どもはこっちの事情なんておかまいなしだ。冷静さを欠いている間に、どんどん事態は進んでいく。
細長い舌ベロをチロチロと震わせて挑発すると、ハーブちゃんは蛇の下半身を滑らかににくねらせて、アスレチック遊具を登っていってしまう。階段や
「おまっ、それはさすがに危ないからっ!?」
両腕で遊具の突起部分を握っており、バランスを保って体を支えているが、一歩間違えれば転落不可避だ。
遊具の危険な遊び方といえば、オレがまだ子どもだった頃を思い出す。
勇気と蛮勇を履き違えていた年頃で、本来使用を意図していない場所で遊び、結果的に滑り落ちて大ケガしたことがあった。まだ幼かったので治りが早かったが、打ち所が悪ければ死んでいただろう。あの時の遊具も、今と同じような複合型のアスレチックだった。危険性は同等と思われる。
このままでは当時のオレ同様、血まみれの大事故に繋がってしまう。最悪の場合、死。子どもの命を預かる場所として、絶対に起きてはいけない大事件だ。
「ふふ~ん。わたしならだいじょうぶだもんね~♪」
オレの制止に一切耳を貸さず、ハーブちゃんはずんずん登っていく。あっという間にアスレチック遊具の中心部にして最高位置、塔を模した赤い屋根まで到達した。
デザイン上の見た目と日陰作りのために作った部分だ、子どもが乗るなんて欠片も想定していない。
「あははーっ。すっごいたかーいっ!」
しかしハーブちゃんは恐怖を感じていないのか、屋根の先端に下半身を巻き付けて悠々と景色を眺めている。肝の据わり方が大人顔負け、少なくともオレ以上だ。もっと他の、褒められることで発揮してもらいたい。
「ハ、ハーブちゃん!今行くから、動いちゃダメだからね!?」
「こなくていいよー。わたしひとりでへいきだもーん」
そういう問題じゃない。
山登りと同様、下りが一番危険なんだ。一人で降りようとしたら転がり落ちてしまうかもしれない。特にラミア族は人間よりも重いので、落ちる時にスピードがつきやすい。だから手助けのために大人が向かわないといけないんだ。
というか、そもそも登るな。
「いいから、じっとしているんだ!」
「もうっ!せんせーうるさいんだからっ!」
だが、ハーブちゃんは全力で嫌がる。自分の力を過信していて、大人の説教など聞きたくないのだろう。真紅の瞳でオレを
「くっ!」
「ほーら、すぐにかたまっちゃうんだから。そんなので、よくえらそーにいえるよね!あははははっ!」
「あっ」
――幼い体が屋根から滑り落ちる。
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