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「……あれは、あぶないのでは?」


 ――ハーブちゃんが滑り台を逆走する姿があった。

 子どもがする間違った遊び方ランキング第一位に入るくらいの、ポピュラーな危険行為だった。


「コ、コラーッ!や、め、な、さ、いーっ!」


 冷や汗たらり。

 オレは猛ダッシュでアスレチック遊具へと向かい、逆走するハーブちゃんを止めようとする。

 どう考えても事故の元だ。人間の子どもでもアウトなのに、異種族がやったら余計に危険だろう。大ケガだってするかもしれない。


「や~だよっ!」

「なっ!?」


 しかし捕まえる寸前でニョロリ、と蛇の下半身を器用に湾曲させて、オレの腕からしなやかに逃れていく。紙一重でかわされたのだ。さすが蛇の特性を持つ種族なだけあって、不安定な場所でも余裕の回避だった。


「どうやってあそぶかなんて、わたしのじゆうでしょ?せんせーに、とやかくいわれたくないんですけどー?」

「もし他の子とぶつかったらどうするんだよ!?ケガしちゃうだろ!?」

「だぁれもいないんだからいいじゃ~ん。ほぉら、よくみてよ?」


 ハーブちゃんの言う通り、アスレチック遊具で遊んでいる子はいない。貸し切り状態だ。しかし、だからと言って、遊びのきまりを破っていいなんて都合の良い話はない。社会のルールや他人との関わりを学ぶのも、幼児教育の大切な役目だ。おざなりにしてはいけない。


「せんせいは、そのへんでみているだけでいいんだから、よけいなことしないでよ」

「余計って……お前」


 よく勘違いされがちだが、保育士は子どもを見ているだけでいい職業なんかじゃない。遊びを通して勉強を教えているようなものなのだ。それを『余計』だなんてぞんざいな扱いをされると、自分の仕事をコケにされたみたいで腹が立つ。


「いいか、オレはハーブちゃん達の先生だ。間違っていることは怒らないといけないし、安全に遊べるように努力している。それが仕事だからだ」

「ほら、やっぱり。しごとだからおせっきょうするんじゃない」

「うっ……」


 言い方をミスしてしまった。

 以前ハーブちゃんは、仕事で自分のことを叱っていると思い、反抗してオレを石化させたんだった。言葉選びの大事さを痛感する。

 怒りが先行してしまっているようだ。もっと冷静になって、有効な説得の言葉を発さないといけない。


「じゃあね、せんせー。んべ~っ!」


 しかし、子どもはこっちの事情なんておかまいなしだ。冷静さを欠いている間に、どんどん事態は進んでいく。

 細長い舌ベロをチロチロと震わせて挑発すると、ハーブちゃんは蛇の下半身を滑らかににくねらせて、アスレチック遊具を登っていってしまう。階段や梯子はしごではなく、壁をよじ登って。


「おまっ、それはさすがに危ないからっ!?」


 両腕で遊具の突起部分を握っており、バランスを保って体を支えているが、一歩間違えれば転落不可避だ。

 遊具の危険な遊び方といえば、オレがまだ子どもだった頃を思い出す。

 勇気と蛮勇を履き違えていた年頃で、本来使用を意図していない場所で遊び、結果的に滑り落ちて大ケガしたことがあった。まだ幼かったので治りが早かったが、打ち所が悪ければ死んでいただろう。あの時の遊具も、今と同じような複合型のアスレチックだった。危険性は同等と思われる。

 このままでは当時のオレ同様、血まみれの大事故に繋がってしまう。最悪の場合、死。子どもの命を預かる場所として、絶対に起きてはいけない大事件だ。


「ふふ~ん。わたしならだいじょうぶだもんね~♪」


 オレの制止に一切耳を貸さず、ハーブちゃんはずんずん登っていく。あっという間にアスレチック遊具の中心部にして最高位置、塔を模した赤い屋根まで到達した。

 デザイン上の見た目と日陰作りのために作った部分だ、子どもが乗るなんて欠片も想定していない。四角錐しかくすい状に尖った屋根は鋭角で、立つことはおろか、バランスをとることすら難しいだろう。


「あははーっ。すっごいたかーいっ!」


 しかしハーブちゃんは恐怖を感じていないのか、屋根の先端に下半身を巻き付けて悠々と景色を眺めている。肝の据わり方が大人顔負け、少なくともオレ以上だ。もっと他の、褒められることで発揮してもらいたい。


「ハ、ハーブちゃん!今行くから、動いちゃダメだからね!?」

「こなくていいよー。わたしひとりでへいきだもーん」


 そういう問題じゃない。

 山登りと同様、下りが一番危険なんだ。一人で降りようとしたら転がり落ちてしまうかもしれない。特にラミア族は人間よりも重いので、落ちる時にスピードがつきやすい。だから手助けのために大人が向かわないといけないんだ。

 というか、そもそも登るな。


「いいから、じっとしているんだ!」

「もうっ!せんせーうるさいんだからっ!」


 だが、ハーブちゃんは全力で嫌がる。自分の力を過信していて、大人の説教など聞きたくないのだろう。真紅の瞳でオレをにらみ、動きを封じようとしてくる。


「くっ!」


 咄嗟とっさに視界を手で覆うが、一瞬目が合ってしまったせいか、少しずつ手足に力が入らなくなってくる。コンマ数秒でも石化能力の効果が出始めているあたり、幼児にして相当の手練れだろう。一体何人の人間を石化させてきたのだろうか。


「ほーら、すぐにかたまっちゃうんだから。そんなので、よくえらそーにいえるよね!あははははっ!」


 甲高かんだかい声を響かせて、小バカにするようにケラケラと笑うハーブちゃん。だがその笑いのせいで下半身の力が緩み――


「あっ」


 ――幼い体が屋根から滑り落ちる。

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