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 初日の地獄から数日たった。

 子ども達の慣らし保育期間は終了し、今ではみんな、朝から晩まで園で過ごしている。全員環境に慣れてくれたおかげで、泣いたり不安がったりすることは減っており、各々好きな遊びを楽しむようになっていた。

 オレ達保育士側もどうにか仕事をこなせるようになっており、平和で気楽な毎日を送っている……なんてことはない。相変わらず問題は山積みだ。

 丁度ちょうど今は外遊びの時間で、子ども達と一緒に園庭に出ているのだが、事故や喧嘩けんかでケガをしないよう見守りをしないといけない。人間と異種族で体格や力の差があるように、異種族同士の間にも違いがある。年齢差も加味すると、予想外の惨事が口を開けて待っている、と言っても過言ではない。

 何より、うちの園には問題児がいる。

 オレの言うことを聞かない超絶跳ねっ返り、生意気蛇娘ことハーブちゃんはもちろんのこと、より実害があるという意味で問題な子がいるのだ。

 それが――


「ガゥッ!」

「いってぇっ!?」


 ――オレの尻に噛みついた子、ガーゴイル族のガルベル・クロードン君だ。

 ボサボサに荒れた髪の毛の下に光る、ルビーのように輝く瞳。くたびれたシャツの袖から伸びる手足は岩肌のようにゴツゴツしており、背中には小さな翼が生えている。そして最も危険なのは鋭く伸びた爪ときば。石を噛み砕くほど頑丈な歯で、思い切り人に噛みついてくるのが、ガルベル君の悪い癖だ。

 人間年齢でまだ一歳児程度の発達なので、言葉を話すことが出来ない。そのせいで気持ちを伝えられずイライラすると噛みついてしまいがち。人間の子どもにもよくある現象だが、ガーゴイル族ということで余計に酷い。鋭い歯がざっくり食い込んで歯型の痣あざだらけ、下手すると出血することだってある。おかげで毎晩風呂場で自分の体を見る度、をするハメになっているのだ。



☆六多部沙羅の異種族ワンポイント講座・その三☆

『噛みつき癖』

 三回目の題材なんだが、これは人間の子どもにもよく見られる行動だな。

 噛みつきは言語能力の発達過程で度々見られる現象だが、ガーゴイル族の場合は別の意味も持っている。

 ガーゴイル族の主食は石で、より硬い物を食べられるようにあごを鍛えていく。そのために幼少期から周囲の様々な物に食らいつく習性があり、言語能力の未熟さと合わさり人間の子ども以上に起きる現象なんだ。

 基本的に体が岩肌のように頑丈なガーゴイル族は、子どもに噛まれても大した傷にはならず、噛みつき癖にも理解があるため問題は表面化しなかった。

 しかしこのグローバル社会において誰彼構わず噛みつく行動は、場合によっては種族間関係にひずみをもたらしかねない、問題行動として注目されている。特に体の弱い種族からは、傷害行為として批判の的にされがちだ。

 多くの種族が共に暮らしていくために必要な、相互理解における重大な点として、良くも悪くも注目されているんだよね。



 どうしてなのかは不明だが、今のところガルベル君はオレにばかり噛みついてくる。鋭い歯が食い込み痛くてたまったものではないが、他の子がケガをするよりか幾分マシだ。もし噛みつきでケガなんてさせたら、相手の保護者からどんなお叱りを受けるか分からない。最悪の場合、子どもに対応しきれないダメ保育士として、多方面から責任を追及されてしまうのだ。誰がどう見ても悪夢である。それだけは絶対に避けないといけない。


「コラッ、ガルベル君!噛んじゃダメだって、いつも言ってるだろ!?」

「ガッ、ガゥゥ……グスッ」


 ああ、もう。すぐ泣くー。

 怒られて泣くくらいなら、最初からやらないでほしい。こっちだって怒らずに済むならそれに越したことはないんだから。

 なんて、子ども相手に言っても仕方ないけど。


「せんせい、いつもたいへんですね」

「ケツいたくないのか?」


 心配してオレの尻をでてくれるのは、園では最上級生にあたる二人。人間年齢で五歳児にあたる、クラーケン族のセピア・ノワイライトちゃんと、ドラゴニュート族のヴェイク・ヴォルドレイク君だ。

 海底の国出身であるセピアちゃんの下半身は、八本の触手と二本の長い触手――触腕しょくわん、合わせて十本足が生えている。またふんわりとしたボブカットの白い髪の毛は、末端に行くほどえんじ色のグラデーションになっている。遠目で見るとイカそっくりな体型だ。因みに幼児体型特有のぽっこりしたお腹いかばらがコンプレックスらしい。そのためか腹回りがゆったりとした服を好んでいる。

 火山の国出身であるヴェイク君の顔や体は至る所に鱗があり、竜人りゅうじんらしく大きな翼と尻尾が生えている。髪の毛はマグマ色に染まり逆立っているが、セットではなく癖っ毛だ。また小さめだが火炎を吐くことが出来るので、周囲に引火しないよう注意しないといけない。自分の服は耐熱素材のシャツとズボンだそうだが、万が一焼けたらどうするつもりなのだろうか。

 二人とも年齢が高いためか早い段階で園生活に慣れており、時折保育に苦労するオレを慰めに来てくれるのだ。子ども達の優しさに目が染みる。種族関係なく、子どもは純粋なのだとしみじみ思う。


「うん。こんな傷、先生はへっちゃらさ!」

「さすがだぜ、せんせい!」


 格好悪いところは見せられないな。

 オレは噛まれた尻をパン、と叩いて笑ってみせた。力を込め過ぎたせいで、傷口が結構痛かったけど。


「ところで、あちらのことなんですけど……」


 セピアちゃんは大きな瞳をギョロリと動かしながら、触腕をアスレチック遊具へと向ける。滑り台や梯子はしご、ジャングルジムなどを複合した木製の遊具だ。細い丸太を組み合わせて作った、お城のようなデザインになっている。

 そこには――

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