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 酷い目に遭った。

 ハーブちゃんが立ち去ってからしばらくして、やっと体の自由がきくようになった。子どもとはいえ異種族だ、甘く見ていたらしっぺ返しを食らうハメになる。気を引き締めて仕事をしないと。

 オレは気を取り直して、他の子に話しかけてみようとする。

 が、その時。


「あ、ねぇねぇ、せんせいせんせいっ!」


 バサバサと両腕の翼を激しく羽ばたかせながら、ハーピィ族のウィン・レイセンちゃんがやってきた。

 保護者からの情報では少々落ち着きのない子で、その性格を表すかの如くショートカットの髪は無造作にはねている。ハーピィ族の特徴である羽毛は緑色、足には獲物を掴むための鋭い爪。短めに丸く研いでおいてほしい。突き刺さったら絶対に痛いだろう。

 人間年齢でいうと二歳児なので、飛行能力もまだ未熟。飛ぶことは出来ず、走りながら翼をばたつかせているだけ。発達途中である。

 そんなウィンちゃんが何の用だろうか。誰かに話しかけようとしていたところなので、グッドタイミングではあるけれど。


「あのね、あのね!えっとね、えっとね!」

「うんうん」


 話したい気持ちが先行しているせいか、言葉が中々出てこないらしい。この年頃にはよくあることだ。微笑ましい。


「あたいね、う○ちでたんだっ!」

「そうかそうか……――え?」


 さらっと脱糞だっぷん発言が出てきたんですけど。

 子どもは自分が出来たことを報告して褒めてもらいたがる、という話はよく聞くけど、ウィンちゃんの場合まだオムツを履いている。つまりトイレトレーニングがまだで、大も小も漏らし放題という訳で……。


「出たって、オムツの中に?」

「うんっ!いっぱいい~っぱいだよっ!」


 元気もりもりで言わんでいいから。

 要するにオムツを替えて、汚れたお尻を綺麗にして、ということらしい。子どもが清潔に過ごせるようにするのも保育士の仕事だ、真面目に取り組もう。


「よし。じゃあトイレに行こうか」

「わ~いっ!おトイレいくいく~♪」


 子どものオムツ替えではあるが、周囲の子に見られて恥ずかしくないよう離れた場所でやるのが大切だ。他にも今後のトイレトレーニングを見据えて、排泄はトイレでするものだと覚えてもらうため、という面もある。これは人間の子どもでも同様だ。

 なので保育室を離れて、隣に設置された子ども用のトイレへと連れて行く。


「お尻を拭くから……四つん這いになってくれるかな?」

「こう~?」

「そうそう。あと腰を上げてほしいなー」


 二歳児にもなるとオムツ替えの台には乗せられないので、四足歩行の体勢で行うのが最も楽。糞尿で汚れた尻が眼前に迫る状態になるが、学生時代の実習で何度もやらされたのでもう慣れっこだ。今更抵抗感なんてない。


「じゃあ、オムツを外すよ」

「は~い」


 テープをがして緩めてから、ゆっくりとオムツを下ろしていく。ここで焦ると溜まった中身が飛び出して大惨事になってしまうので、全神経を集中させて慎重に慎重に。


「うおっ……」


 ねとぉ……っと、お尻から白く糸引く物体が目に映る。よく見ると白の中には緑色の重厚な固形物も混じっており、鳥類の糞そっくりだ。ハーピィ族は人間と鳥の中間みたいなものなので当然ではあるのだが、こうして実物を目の前にすると驚きを隠せない。


「ねぇねぇ、はやくふいてよ~。はぁやぁくぅ~」

「うわっ、お尻は振らないでくれるかな!?」


 糞まみれのまま動くのは勘弁してほしい。汚物をすりつけられそうで気が気じゃない。それにまくったスカートがずり落ちてしまったら、可愛い服も台なしになってしまう。

 さっさと終わらせよう。

 オレはお尻拭きシートを片手にいざ勝負――


「……ん?」


 ――しようとしたところで手が止まる。

 別に石化した訳じゃない。

 拭こうとした尻が見慣れない形状をだったので、思考が停止してしまったのだ。

 ウィンちゃんは女の子なので、股間にある穴は三つのはず。なのにあるのは一つだけだった。



☆六多部沙羅の異種族ワンポイント講座・その二☆

総排泄腔そうはいせつこう

 第二回は体の構造についてだ。

 ハーピィ族は一般的な鳥類と同様、肛門と排尿口、そして生殖器を兼ねた総排泄腔が付いている。なので排泄する時は大抵糞尿が混ざった状態、半固形で出すのが普通だ。糞は緑色、尿は白色をしているところも、一般的な鳥類と同じだな。

 先の説明の通り生殖器としての機能もあり、成人したハーピィ族の女性は総排泄腔から産卵する。つまり生理現象と繁殖行動に関わる重要な器官であり、丁重に扱わないといけない。

 くっついて一つになっているから楽、なんて考えて適当なケアをしようなんて、言語道断だからな。むしろ繋がっているせいで病気が併発しやすいので、注意深く見る必要があるくらいだ。特に違う種族の者は気を付けるように。



 そういえば六多部教授が「総排泄腔が云々うんぬんかんぬん」って言っていた気がする。生物学的な面はよく分からないが、人間とは体のつくりが大きく違うって講義だった。

 まぁとにかく、丁寧ていねいに拭き取るのが大事って話だ。


「うっ」

「えっ?」


 ぶぽっ。

 何かをひり出す音がして、視界いっぱいに固形混じりの白い液体が迫り来る。

 まごうことなくそれは――


「あ、でちゃった」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 ――糞尿の第二波。

 大変不幸なことに、オレは見事に顔面キャッチしてしまうのだった。

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