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そして四月一日、初仕事の日。
新築の園舎は写真で見るよりも小さく、園庭も手狭に感じる。現在の総園児数は十一名なので、丁度良い広さかもしれない。室内は木の香りがまだ色濃く残っており、深呼吸すれば森林浴している気分になる。環境の良さは及第点だ。
担当の保育士はオレとえみるさん、合わせて二人しかいない。園児が少なければ大人も少ない。だが、その分だけ苦労せずに済みそうだ。えみるさんと交流する時間も多く、素敵な勤務時間になるだろう。最高の就職先だ。
なんて、甘くはなかった。
「さわんないでよっ!」
「だびっ!?」
まるで丸太で殴られたような気分だ。
しなった尾がオレの右
衝撃によろけて、保育室の床で尻餅をついてしまった。頭を思い切り揺さぶられた気分だ。
「レディーのからだにきやすくさわるなんて、ホントさいってい!」
プンスカと顔を真っ赤にして、沸き立つ怒りを露わにしているのは、ラミア族のハーブ・ドーサちゃんだ。
薄紫色の髪の毛を
そんな大きめなサイズの下半身で、オレは華麗に殴打された。頬がじんじんと痛む。ちょっと肩に手を置いただけなのに、容赦ない反抗だった。
初日ということもあって、どの園児も不安そうにそわそわ落ち着かない様子。年齢の低い子に至っては泣き出してしまう始末。そこで最も平気そうにしていたハーブちゃんに声をかけてみたのだが、結果は見ての通り。尻尾のビンタが彼女の答えだった。
いくら初めて会う素性の知れない相手、しかも男性だからといって、いきなり殴ることはないだろう。子どもの一撃とは思えないくらいに重かったぞ。プロレスラーに殴られたかと思ったくらいだ。
「いてて……酷いじゃないかっ」
「フンッ。いまのでボロボロになるなんて、せんせーよわすぎでしょ?」
「な、なにを……!」
ハーブちゃんは真紅の瞳で見下ろしている。相手の力量を見て大したことないと判断した、冷え切った目に見えた。
安い挑発だと頭で理解はしていても、反射的にイラッとしてしまう。
人間族に比べてラミア族は大柄だ。単純に体力を比べたら劣っている。それは疑いようのない事実だ。
しかしちびっ子にバカにされると腹が立つ。いくら子ども好きだからって我慢出来ないラインがある。
「……ふぅ。先生は弱いかもしれないけどね、それでも相手を叩いちゃいけないんだよ?」
一息ついて沸騰した脳味噌をクールダウン。
ここは大人として正しい対応をしよう。
暴力は何においてもやってはいけないことだ。その当たり前を、大人は子どもに教えないといけない。それも保育士の仕事の一つだからだ。
「なによ。よわいくせに、わたしにめーれーするの?」
かちん。
何なんだ、この生意気娘は。初仕事の新人とはいえ、大人相手にどんな口の利き方だ。
オレは間違ったことを言っていない。なのに自分の方が偉いと横柄な態度をとるなんて、親は一体どんな教育をしているんだ。教えることが仕事だが、家でもきちんと
「そうかそうか。ハーブちゃんがそういう態度を続けるのなら、先生がみっちりとお説教をしないとね……!」
優しく言うのはもうやめだ。この
オレはゆらりと立ち上がり、ハーブちゃんへと歩み――
「……あれ?」
――寄れない。
地面に縫い付けられたみたいに、足が離れなくなっていた。
いや、違う。体が動かなくなっているんだ。まるで石化したかのように、ぴくりともしない。どんなに力を込めても微動だにしないのだ。
これはきっと、ラミア族特有の能力のせいだろう。
※
☆六多部沙羅の異種族ワンポイント講座・その一☆
『石化能力』
はい、ということで講座第一回目は石化についてだ。
ラミア族は眼球内部の薄い膜の部分――
催眠の内容は基本的に『全身の筋肉を硬直させろ』という内容で、ラミア族の赤い瞳を直視した生き物は、無意識下で自らの筋肉を強張らせてしまう。
これが俗に言う石化であり、ラミア族と初めて接触した人間が、筋肉の硬直現象を恐怖のあまり石化したと勘違いした、という歴史から名前が付いたんだ。
因みに幼少期だと、効果が出るまでタイムラグがあったり持続時間が短かったりするのだが、成人のラミア族であれば瞬時に能力を発揮し、長時間の維持が可能になる。また、誤って発動する、という失敗も減っていく。何事も慣れと訓練あるのみってことだな。
※
ダメだ。自分の体なのに、悲しいくらいに動かない。力を入れているはずなのに、歩行すらままならないなんて思わなかった。
子どもでもこれほどまでに能力を使えるなんて、完全に想定外だ。手も足も出ない。
「おせっきょうとか、わたしききたくないもーんっ」
「なっ……!先生は君のことを思って言っているんだぞ……っ!?」
「フン。どーせしごとだから、でしょ?わかってるんだから」
つん、とハーブちゃんはそっぽ向いたまま去っていってしまう。シュルシュルと、下半身を蛇らしくくねらせながら。
「えっ……。ちょ、せめて石化を解いてからにしてよ!?」
そしてオレはそのまま放置されてしまうのだった。
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