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登園初日ということで、昼食時間を過ぎた頃合いには、ほとんどの園児が帰宅した。いわゆるならし保育というヤツだ。新しい環境に慣れるため、最初は短めの時間からスタート。日を追って少しずつ保育時間を延ばしていく、という人間向けの施設でも普通に行われている方法だ。段階的な慣らしは、人も異種族も変わらないらしい。
なので午後は子ども達から解放されて、気楽に仕事が出来る……とはならなかった。約一名、夜までお迎えに来られない家庭があったのだ。
しかも、よりにもよってドーサ家。あの生意気真っ盛りなラミアっ子が、一番最後まで残っているのだ。母親からの連絡では、集団生活に慣れているからぐずることはないらしいが、問題はそこじゃない。態度が悪過ぎるんだ。
「んう……。むにゃむにゃ」
そんなハーブちゃんは、午前中の所業が嘘のような、純真無垢な天使の寝顔でお昼寝中だ。寝返りを打つ度に、細長い舌ベロをちろちろ出している。楽しい夢でも見ているのだろうか。
保育室の床に敷かれた布団は異様に長い。ラミア族の体長に合わせて作られており、人間の大人向け布団と大して変わらないサイズだった。
「まさか、異種族相手の仕事がこんなに大変だったなんて……。見込みが甘かったなぁ」
たった半日の労働だというのに、体力と精神力の八割近くをごっそり持っていかれた。人間の子どもとは体格もバイタリティーも桁違いで、文化に至っては百八十度正反対だったりする。
特に驚きを隠せなかったのは、昼食で各々が持ってきた弁当の中身だ。種族によって食文化が違う関係上、この園では給食を提供出来ない。なので各家庭で持参してもらったのだが、人間からしたら「それ食べるの!?」なゲテモノオンパレードだった。
ガチガチに凍った野菜や昆虫食オンリー、果てには石を
「ホント、いきなり大変でしたね……」
ヘロヘロになりながら隣に座り込んでくるのは、ピンク色のエプロンではち切れんばかりの胸を包んだえみるさんだ。『わがままボディ』そのものの体型なのに、髪型は三つ編みツインテールという控えめさと、子どものようなまん丸な瞳がまたキュートだった。
全身疲労でくたくたのオレにとって、その姿は天の恵みに等しい癒やしだった。目の保養、眼福とも言う。彼女を求めて就職先に選んだのだから、見ることが出来て当然なのだが。
「えみるさんも、大泣きする子の相手にてんてこ舞いでしたもんね」
「い、いえっ、私なんて全然……。鈴振さんの……その、顔面キャッチよりかは……」
「うん。あれはキツかった」
今日半日えみるさんと仕事をして分かったのは、彼女は想像していたよりもずっと引っ込み思案で、顔色を窺う仕草が多いということだ。
異種族相手のこども園という、史上初で未知の世界な職場に飛び込むくらいだから、野心溢れる仕事一筋な女性かと思っていた。しかし本当は恐がりで、オレとの雑談ですら頭が低い。
「もしかしてオレ、まだ臭かったりする?」
「ぜ、全然ですっ!私は気にならない……です」
同年齢且つ経験年数もほぼゼロで素人新人同士だというのに、おっかなびっくり物腰過剰に丁寧な反応だ。ちょっと他人行儀が行き過ぎな気もするけど、それはそれとして、オドオドしたところも可愛い。もしオレが園児だったら、虫を近づけたりくすぐって悪戯して、わざと困らせていそうだ。ゆるめの
「お二人さーん……。生きているかしらー……」
続いて保育室にやってきたのは、園長の
園長という役職、しかも史上初の異種族こども園担当に若くして抜擢されるあたり、相当の技量ある人なのだろう。ただ働き始めたばかりの、オレやえみるさんみたいな若造に現場を任せているあたり、失敗を恐れたベテラン勢が園長の役目を押し付けてきた可能性も否めないが。
「ごめんなさいね、二人にばっかり子どもの相手をさせちゃって……」
「そ、そんなことないですよ!蛍さんだって仕事が山積みだし……」
蛍さんは園長として、園の運営に関する資料と報告書の作成や周辺地域との交渉など、数え切れないくらいの仕事がある。とてもじゃないが、一人にやらせる量じゃないと思う。一応保育士の資格がある人なのだが、その技術を発揮する日がくるのだろうか。
初の試みでただでさえてんてこ舞いなのに、書類を追加し余計な仕事を増やすという鬼の所業だ。計画を主導する上層部に、もう少し手心というものはないのか。
「もし本当に大変な時は、遠慮なく呼んでいいからねー……」
「は、はい……。蛍さんも頑張り過ぎないようにして下さい……」
まるで成仏しかけの幽霊みたいに、力なく園長室に戻っていく蛍さん。オレ達と同じく初日から全力で駆け回り、ボロボロになっているようだった。とてもじゃないが、応援として呼べそうにない。
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