2-6


「……はぁ、やっと着いた」


 目的地の駅前公園に到着した。

 腕時計を見ると出発から三十分たっていた。道中の(オレに対する)名誉毀損めいよきそんなやり取りが大幅なタイムロスになったせいだ。帰り道の時間を考慮すると、あまり長くは遊べないだろう。もっとも、初めてにしては上出来だと思うが。

 それに誰一人ケガなく済んでよかった。大通りの交差点でウィンちゃんが転んだ時は、事故になるんじゃないかと本当に焦った。無傷で辿り着けたのは奇跡だろう。


「なぁ、ここであそんでいいのか?」

「あ、ああ。先生が呼ぶまで、好きなところで遊んでいいぞ」

「よっしゃーっ!みんなあそぶぜーっ!」


 元気有り余るヴェイク君の叫びを皮切りに、子ども達が公園内に散っていく。

 都会の中にあるが、緑豊かで適度な広さがある公園だ。一面が芝生で覆われていて、山のように盛り上がった場所には滑り台が架かっている。時折通り過ぎていく列車の轟音ごうおんが耳障りだが、騒ぎたい盛りな子ども達は気にする様子もない。むしろ多種多様でカラフルな列車が通る度、歓声を上げる姿すらある。ここまで来た甲斐かいがあったようだ。

 園外活動をするのに最適な場所だ、近いうちにまた散歩先にしてみよう。


「ふぅ、一息……――ついている場合じゃないな」


 が、気を抜いている余裕はない。道路よりは比較的安全だが、公園だって危険と隣り合わせだ。子ども達がケガをしないよう、常に保育士は見守らないといけない。


「お、何しているんだ?」


 公園の隅っこ、木々が生い茂っている下でしゃがみ込んでいる子が二人。エルフ族のネイチル・フォレル君と、フェアリー族のレイカ・ブリザノフちゃんだ。

 ネイチル君は金色のショートカットヘアーに緑色の瞳で、色白な肌が美しい子だ。背丈は人間の幼児と変わらず、見た目ではっきり違うのは細長い耳。あとは白い薄手の民族衣装くらいだ。

 レイカちゃんは水色のストレートロングヘアーの子で、その瞳は深い青で白目の部分がない。また背中からは薄い一対の羽が生えており、構造色のようで虹色に輝いている。服装が人間文化でいうセーラー服に近い形状なのは、親が教師だからだろうか。


「むしのかんさつだよ」

「……です」

「あー、テントウムシか」


 二人の視線の先にいるのは、一匹の赤く小さな虫。黒い点々が七つあるから、ナナホシテントウと呼ばれる種類だろう。この国では一般的に見られており、子ども達にも人気な虫の一つだ。


「ぼくたちのくにには、こんなむしはいなかったからね」

「……いなかったです」


 エルフの国は自然豊かな地方だが、この国と違って季節の概念がない。通年同じ気候で、四季で言うと常に春なのだ。一方フェアリーの国、レイカちゃん出身の地域は豪雪地帯らしく、虫を見ることはほとんどないらしい。害虫嫌いのオレからしたら嬉しいが、寒さが堪えそうで大変だ。


「環境が違えば生態系も変わってくるからなぁ」

「いままでいきてきたなかで、はじめてみるむしでいっぱいなんだ」

「へぇ、そうなのか」


 ネイチル君は大げさな言い方で、幼児の発言としてはおかしく見えるが、それには種族としての理由がある。

 二人とも人間年齢でいうと三歳児なのだが、ネイチル君の場合生まれてから三十年たっている。生きている長さだけならオレより年上なので、「今まで」という言葉の重みは段違いだ。



☆六多部沙羅の異種族ワンポイント講座・その六☆

『長寿種族』

 六回目の題材は寿命についてだ。

 エルフ族の寿命は非常に長く、現在の最高齢記録は千五百年と桁違いだ。人間で言えば百五十歳くらい生きた計算になる。とんでもなく長生きだな。

 一方でその成長はとても遅く、成人年齢に達するまで二百年近くかかってしまう。これはエルフ族がかつて住んでいた環境によるもので、温暖且つ天敵がいない平和な地域だったからだ。そのため時間をかけて質の高い成長が出来るよう進化していった、という仮説が立てられている。

 長寿ではあるが年齢でマウントをとる者はおらず、むしろ黙っているケースの方が多い。平和を望む種族であるため、そして人間社会に馴染もうとする傾向が強いためだろうな。まぁ女性の場合、高齢者と思われたくないという理由もあるんじゃないか?少なくともあたしはそう思う。



「虫といえば……ララちゃんはどこだ?」


 オレが受け持つ子どもの中で最も虫に近い種族、アラクネ族のララ・アシダカちゃんの姿が見当たらない。

 銀色の髪の毛をお嬢様のように縦ロールで巻いており、ゴスロリ服を身に纏う女の子。八つの目を持ち、その下半身はクモそのもの。昆虫食を好む彼女が虫の多い場所にいないのは珍しい。どこに行ったのだろうか。


「ああ。ララちゃんならねむいからって、むこうにいったよ」


 ネイチル君が指さす先、この場所よりも樹木が鬱蒼うっそうと茂る真下に、地面と同化するように伏せているララちゃんの姿があった。ひんやりとした空気が心地良いのか、すやすや安心して眠っている。


「またか……。しょうがない、起こすか」


 昼前になると眠くなるのはいつものことだ。ララちゃんの家系はかつて夜行性だったらしく、その名残で夜型の生活をしていることが多い。しかし、ララちゃんの家は人間社会で暮らすため昼型に切り替えているのだが、度々リズムが崩れて睡魔すいまに襲われてしまうのだ。

 これが大人なら眠気覚ましを飲んでおしまいなのだが、まだ三歳児なララちゃんは飲めないし、何より体力の関係上お昼寝をしないといけない。つまり昼食後が寝る時間なのだが、今眠ると目が冴えてしまいお昼寝の時間に起きっぱなし、そして変な時間にまた眠くなる。それが本当に大迷惑なのだ。

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