2-7

「おーい、起きろー」

「んむぅ……なんなのですわ?」

「ご飯前に寝るなって、いつも言っているんだが?」

「ふわぁ~……。そうでしたっけ?」


 ララちゃんは大あくびをして、八つの目のうち最も大きい一対の瞳をこする。人間の目と同様の位置についており、最も多用する眼球らしい。

 寝起きのせいなのか、頭がふらふら不安定に揺れている。まだ半分夢の中なのだろう、放っておくとまた逆戻りしそうだ。


「はい、すぐに立つ」

「ひどいですわ~……おうぼうですわ~……」


 以前、全く昼寝をしなかったせいで起床時間間近に眠くなり、大泣きして暴れ回ったことがあった。しかも何度も何度も。ただでさえパジャマの着替えで忙しい時間なのだ、暴れ出したらこっちがキャパオーバーしてしまう。

 という事情があり、これ以上同じてつは踏みたくないので、さっさと起きてほしい。寝るのは昼食の後にしてくれ。


「ねむいのですわ……」

「そういう時は体を動かすといいんだぞ」

「どうすればいいんですの……?」

「そうだなぁ……――あ」


 公園内を見回すと、芝生の上を元気に走り回る影を発見。シュヴァリナちゃんとウィンちゃんだ。どちらも走ることが大好き……いや、ウィンちゃんはまだ飛べないだけで、助走みたいなものだけど。

 そんな健脚な二人を追いかけるのはえみるさんだ。運動はあまり得意ではないのか、へろへろに崩れたフォームで走っている。息も上がっており、苦しげに顔を歪めて「ひぃひぃ」言っていた。


「えみるせんせいって、すごくおっぱいゆれますわね」

「どっ、どこ見てるのララちゃん!?」


 思春期の男子みたいなエロ視点に、思わずツッコミを入れてしまう。

 えみるさんは肉付きが良くて、走るのには向かない体格だ。特に豊満な胸は一歩踏み出す度に上下に揺れており、ピンク色のエプロンを弾き上げている。周囲の視線を集めやすいのは確かだ。しかし年端もいかぬ同性の子が気にするとは。これはアラクネ族特有なのか、はたまたララちゃんの趣味なのか。どっちなのか判別がつかない……と思っていたら、どうやら違うらしい。


「めぐむせんせいも、バッチリみていたではありませんの?」

「な、ななな何を!?」

「あら、ちがいます?わたくし、てっきりえみるせんせいのことが、すきなのだとおもっていたのですが……」

「あ、あはは……そんな訳、ないに決まっているじゃないか」


 単に見透かされていただけだった。好意を寄せているとバレていて、動揺を隠せず慌てて誤魔化しの言葉を紡ぐ。

 まさか子どもに感づかれてしまうとは。なんて恐ろしい観察眼なんだ。さすが、目が八つついているだけある。


「ふぅん、つまんないこたえですわね」

「君、本当に三歳!?」


 一概に人間の幼児と比べてはいけないのだろうけど、異種族には早熟な子が多いと感じる。大人のはずのオレが、こんないいように翻弄ほんろうさせられるなんて、全く格好良い先生を演じられていない。

 人間相手にしていた方が、きっと幾分か楽だったんじゃないだろうか、と今更後悔してしまう。


「うわーっ!へんなこがいっぱいだーっ!」


 その時、聞き慣れない子どもの声がした。

 やってきたのは人間の男の子だ。丸々と太めの子で、背丈からして二、三歳児くらい。その後ろには母親らしき姿があるので、親子で公園を利用しに来たようだ。園で貸し切りにしている訳ではないので、一般人が来ても別におかしくない。お互い気持ちよく利用するのがマナーというものだ。

 しかし、うちの子ども達のことを「変な子」呼ばわりはないだろう。人間から見たら異種族の姿は奇異に映るかもしれないが、それは逆もまたしかりだ。オレ達だって変な姿だと思われているかもしれないのだから。まだ幼いので悪気なく言ってしまっただけだろうから、言葉尻を捕らえるつもりもないが。


「あははーっ!おうまさんみたいだーっ!」


 その子は一番近くにいたシュヴァリナちゃんの元へ駆け寄っていく。異種族には初めて会ったのだろうか、興味津々である。


「そーだよー!あたしおうまさんみたいでしょー?」


 対するシュヴァリナちゃんも笑顔で応えている。栗色の尻尾を振って、その子の体をでてあげている。

 子ども同士の異文化交流だ。なんとも微笑ましい光景。種族の差は大きいが、こうやって段々とお互いを受け入れ合っていける社会になってほしい。大人はもっと、子どもの純粋さを見習うべきだろうな。


「うちの子に触らないでっ!」

「きゃあっ!?」


 だが、そんな願いも虚しく、シュヴァリナちゃんは突き飛ばされる。他でもない、その子の母親に。息子と同じように丸々とした腕は、ケンタウロス族の子どもをいとも簡単に押し倒したのだった。


「……え、どうして……?」


 芝生に横たわるシュヴァリナちゃんは、事態が飲み込めず目を白黒させている。突然の暴力に戸惑いを隠せないようだ。


「当たり前でしょ!?あなたみたいな移民の異種族なんかがうちの子に関わって、悪い影響があったらどうしてくれるのよ!?」


 倒れたまま呆然としているシュヴァリナちゃんに、母親は容赦ない罵声ばせいを浴びせてくる。子ども相手に言う言葉ではない、飾りっ気ないストレートな暴言だった。


「あなたもこいつらの先生でしょ!?うちの子に何かあったら責任取れるんですか!?暢気のんきに遊んでいないでちゃんと監視していなさいよ!?」

「そ、そんな……わた、私は……」

「おどおどしちゃって、頼りないったらありゃしない!猛獣使いに任せた方がよっぽどマシね!」

「こっ、子ども達は、猛獣なんかじゃ……ないですっ!酷いこと、言わないで下さいっ!」

「うるさいわね、陰気なくせに口答えするんじゃないわよ!胸も無駄に大きくて、下品ったらありゃしないわ!」


 勇気を振り絞って言い返すえみるさんだったが、母親はヒステリックに叫んで押し通そうとする。それどころか人格否定と身体的特徴をさげすみに加えてきた。

 さっきから何なんだ、この母親は。自分の主観で好き勝手な誹謗中傷ひぼうちゅうしょうをまくし立てて、一体何様のつもりなんだ。さすがのオレも我慢ならない。


「子どもに悪影響なのは、あなたの方だ」


 オレは怒り狂う母親の前に立つ。

 責め立てられる、えみるさんとシュヴァリナちゃんを庇うように。

 異種族を忌み嫌い理不尽な差別を振りまく人間から、身を挺して守り抜くように。

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