2-12


 お昼寝後のこと。

 日はまだ高く昇ったままで、暖かな日差しが心地良い。

 子ども達のお迎えが来るまで時間が少し余ってしまったので、もう一度園庭で遊ぶことにした。散歩の失敗が響いたせいで計画が狂ったとはいえ、今日一日同じ活動しかしていない。反省点だろう。明日からはもっとバラエティ豊かにしないとな。


「鈴振先生……おケガ、大丈夫ですか?」


 えみる先生が心配そうに覗き込んできた。少しかがんだ上目遣いな体勢のせいで、たわわな胸元が強調されている。エプロンをはねのけようとするほどに弾力のあるそれは、少しの振動にも敏感に反応して揺れている。どんなに上を向こうとしても、自然と視線が吸い寄せられてしまう。魔性の果実としか思えない。真面目に心配してくれているのに、まったく失礼なヤツだな、オレって。


「ははは、問題なしですよ。額が切れたくらいで済みましたから」


 シュヴァリナちゃんの蹄による一撃は強力だったが、幸い大事には至らなかった。日頃から異種族の子どもと関わってきた――しょっちゅう噛みつかれているおかげで、それなりに体が鍛えられているのかもしれない。荒波に揉まれて強くなる。丈夫になるのは良いことだ。


「それより、改めてですけど、応急処置ありがとうございます」

「い、いえっ……そんな!私、そんな上手じゃないですから……!」

「そんなことないですよ!止血も消毒も完璧ですって!オレなんか練習で何度怒られたことか……」


 大学時代にやらされた、応急処置の仕方を学ぶ講義では、あまりの不器用ぶりに耳がまみれになるくらいお叱りを受けた。もし逆の立場だったら、えみるさんを助けられたかどうか怪しいくらいだ。それに気絶した女性に処置をするなんて、恐れ多いというか度胸がないというか。そんな意気地なしだから、彼女いない歴イコール年齢になってしまったんだろう。

 ……なんて、自虐ネタをしている場合じゃなかった。


「あ、あの!この……お礼のことなんですけど……!」


 共に働き始めて早一ヶ月と少し。未だにただの同僚止まりな関係だったが、このケガを通じて進展させるのだ。

 まずは食事に誘ってみよう。交際やエスコートなんて不慣れでうまくいくか分からないが、このチャンスを無駄にはしたくない。

 でも、下手に格好付けた態度はノーだ。あくまでもナチュラルに、普段のオレの姿のままで。お友達から少しずつステップアップするのが肝要だ。

 さぁ、オレよ。今こそ勇気を出して、一歩踏み出す時だ。


「なにしてるの、せんせー」


 背後から鋭い視線。ギラギラとナイフのように突き刺さる、冷たい激情を背中にビシビシと感じる。

 ゆっくりと振り返ると、そこにいるのは果たしてハーブちゃんだった。自称オレの彼女なので、ただならぬ空気を察知して駆けつけたのだろう。ラミア族の嫉妬、そして危機察知能力は恐ろしい。


「な、何って……大人の話かな?」

「うわきはゆるさないからね?」

「浮気って……別にハーブちゃんと付き合っていないし、えみるさんとはまだそんな関係じゃ……」

「もんどーむようだもん!」


 ハーブちゃんの瞳が、燃えるような真紅に切り替わる。


「げっ。う、動けない……!」


 久しぶりの石化能力の発動に、回避出来ずもろに目を見てしまった。

 油断大敵。オレの体はカチカチの石のように固まってしまう。こうなるとしばらくこの体勢のままだ。しかも、よりにもよって言い訳途中で手を浮かせた、半端で格好悪いポーズで硬直している。未来の芸術祭に展示されそうな、間抜けな銅像のようだった。


「わ、私も……!?」


 ついでのように、えみるさんも石化させられたようだ。恋敵も一緒に成敗するつもりらしい。蛇らしく徹底的な姿勢は清々しい。もっとも、やられる身としてはたまったものではないが。


「うわー。ロリコンらしいまつろだニャ」

「誰がロリコンだコラ」

「ふふ~ん。おこってもこわくニャいニャ~♪」


 動けないオレをいいことに、キャルトちゃんが全力で小馬鹿にして煽ってくる。隙あらばこの態度だ、人のことを好き勝手言いやがって。今すぐ耳をもみもみして液体みたいに脱力させてやりたいのに、指先が微塵も動かないのが恨めしい。


「あっ、シュヴァリナちゃん!先生を助けてくれ!」


 丁度タイミング良く、石化したオレのところにやってくるシュヴァリナちゃん。彼女に頼んでずっと睨み付けてくるハーブちゃんを止めてくれれば、この状況を打開して立場を逆転出来るのだが……。


「せんせーがうわきしたんだよー」

「じゃあダメだねー」


 残念ながらハーブちゃんの味方についてしまった。


「ちょっ、酷くない!?先生が浮気なんて……いや、そもそも付き合ってないってば!」

「だって、せんせいがあたしの『すきにしていい』っていったんだよ?」


 言ったけどさ。でもそれ、悪戯に荷担していいって意味じゃないんだけど。拡大解釈し過ぎでしょ。

 ……まぁ、自分の気持ちを押し込めるよりはずっといい。


「って、コラーッ!いいから石化を解くんだーっ!」

「「「きゃはははははははっ!」」」 


 異種族との共存、相互理解。その道のりはまだまだ険しいだろう。この子達の将来にも、きっと大きな障害が待ち受けているはずだ。

 でも、友達同士、今は心の底から笑い合えている。

 だから、何があっても大丈夫なはず。


 ということで、まずは三人にきちんとお説教をしないとな。

 あと、浮気じゃないって誤解も解かないと。

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