6月編~ワーキャット族の話~
3-1
六月。
この季節の
夏に向けて気温もぐんぐん上昇しており、湿気も相まってじめじめ蒸し蒸しと不快感を増している。
そもそも、一年の間にコロコロと季節が変わる環境自体が、この国特有のものだ。他の種族の出身地ならもっと安定しており、四季という概念がない方が一般的である。人間の目線で表現すると、いつも猛吹雪が吹き荒れる極寒地帯な国、常夏の楽園どころかいつも猛暑の地獄みたいな国、などの極端な国だってある。オレとしては、旅行ならいいが永住は勘弁したいところだ。死んでしまう。
「今日も雨か……」
窓の外では土砂降りの雨。園庭は水浸しで池のようになっている。どう見ても使える状況じゃない。
本日の降水確率は終日百パーセント。奇跡的な水はけすら期待出来ず、おかげで一日中保育室で過ごさないといけないのだ。
外で体を動かしてストレス発散、が不可能な状況。成人した人間でも雨ばかりだと憂鬱になるというのに、子どもなら段違いのフラストレーションだろう。そこに異種族特有の環境の違いという要素が入ると、どれだけ面倒な状況に陥ってしまうのか。不確定要素が多くて怖い、というのが本音だ。
「あーあ。おそと、いけなくてざんねんだなぁ」
走るのが大好きなシュヴァリナちゃんの反応は、人間の子どもにもありがちな、ごく一般的な意見だ。彼女達の母国でも雨天中止という概念があるのだろう、意外と万国共通なのかもしれない。
「でもでもー、せんせーといっしょなら、わたしはしあわせー❤」
ハーブちゃんの意見は……聞かなかったことにしよう。そんな付き合いたてのバカップルみたいな、恋人との世界しか見えていないラミア族ばかりではないはずだ。多分だが。
「そんなの、いつものことじゃん。ホント、ハーブちゃんってせんせいのことすきだね」
「えへへー、それほどでもー」
「ほめてないけどね」
冷静なツッコミ、どうもありがとう、シュヴァリナちゃん。毎度思うが、彼女の反応は比較的人間の常識寄りでほっとする。ハーブちゃんには、爪の
しかし、そんな
「うニャァ……」
部屋の隅っこでぐったりしているキャルトちゃん。具合が悪そうに脱力していて、しきりに桃色の毛並みを舐めていた。気怠そうな目で、ぺろぺろと。
というのも彼女はワーキャット族のため、季節の変わり目が換毛期にあたるからだ。
※
☆六多部沙羅の異種族ワンポイント講座・その八☆
『換毛期』
八回目は毛に関わる話だ。
ワーキャット族をはじめとした獣人タイプ、特に猫の特徴を備えた異種族は、周囲の気温の変化に応じて体毛を生え替わらせる。そのために自ら体毛を舐めて抜き取ることで、スムーズな移行を行うという習性がある。舐め取った毛は体内で纏まって毛玉となり、吐き出すか便に混じって排出されるのが一般的だ。
近年では文明の発展と共に衛生管理という観点が拡がることで、機械を用いた換毛が主流になっていったのだが、幼い子どもの場合、本能的に舐めてしまう事例が多い。また内臓が未熟なため、毛玉が胃腸で絡まって出てこない例もあるため、最悪の場合手術が必要になってしまう。
人間にとっても梅雨は不快な時期だが、繊細なワーキャット族にとってこの環境の変化は大きく、換毛期も合わさって体調不良になりやすい。知り合いにワーキャット族がいるのなら、生活環境を整えるのが肝要だ、と伝えてあげるのが吉だな。
※
「おーい。大丈夫か?」
「きぶんさいあくニャ……」
普段はつんけんしているキャルトちゃんが、全くと言ってよいほど勢いがない。借りてきた猫、と表現したくなるほどだが、そのおとなしさのせいで逆に不安になってしまう。実際絶賛体調不良なので、気にするに越したことはないのだが。
「どうせ今日は一日部屋の中だ。ドタバタ遊べないから、ゆっくり休んでいるといいよ」
「……じゃあ、アレはどうニャ?」
「……ああ。アレは、うん」
キャルトちゃんが指さす先では、大騒ぎする子どもが約一名。ターコイズブルーの透き通った体を滑らせるように、軽快な動きで保育室を駆け回っているセルリラちゃんだ。普段の物静かな姿とは正反対の、喧しさ全開の大変ご迷惑な姿だった。
「るるるるるるるるるうーっ!」
「ダメ……待って、セルリラちゃん!」
必死に追いかけて、えみるさんは止めようとしているのだが、運動が出来ないせいで振り回されっぱなし。一歳児相手にへとへとにされていた。お疲れぐったりな顔もまた可愛い。あと、よく胸が揺れている。
雨の日は憂鬱気分というのが万国共通。だが、どんな事例にも例外がいる。今回の場合、体の大半が水分であるスライム族が分かりやすい例だろう。
※
☆六多部沙羅の異種族ワンポイント講座・その九☆
『水分』
九回目の題材は、どの生物にとっても大事な要素だな。
見ての通りだが、液状の体を持つスライム族は、その体を構成するのがほとんど水分だ。そのため周囲の湿度が上がると、それに比例して気分が高揚、つまりテンションがぐんぐん上昇する。通常の環境では蒸発しがちな体であったが、環境の変化で保湿された、その副作用だ。これは、人間をはじめとした多くの種族が、アルコールの摂取によってハイになるのと同様で、スライム族特有の自然な反応である。そのため個人で反応に差異があり、次の日に二日酔いのような症状に悩まされる者もいたりする。因みに人間の二日酔いと違い、水分補給は逆効果だ。むしろ過剰摂取した分を出した方がいい。
一方で自らハイになるため、室内の湿度をわざと上げる文化もある。これはかつて暗くじめじめした洞窟で暮らしていた、という進化過程が影響しているだろう。本能的に湿気の多い環境を望んでいる、という反応と考察出来る。なんにせよ、スライム族にとって湿気がある方が過ごしやすく、気分も良いということだな。
※
「いやぁ、みんな個性があっていいね。あはは……」
「あ、ごまかしたニャ……」
全く違う生態をしている種族が一同に集まるのだから、現れる反応も千差万別様々だ。これから季節が変わる度にカオスな保育になるかと思うと楽しみな反面、どんなパニックが発生するか戦々恐々である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます