2-11
「……――はっ!?」
目覚めと同時に、がばっと勢いよく体を起こした。ズキズキと痛む額に手を当てると、さらりとした触り心地。どうやら包帯が巻かれているようだ。
そうだ、オレはシュヴァリナちゃんに蹴り飛ばされたんだ。硬い蹄が直撃したせいで意識を失い、気付けば白い部屋の中。傷口は誰かが手当てをしてくれたらしい。
「あ、せんせーがおきた!」
そして目の前にはハーブちゃん。蛇の下半身を横たわらせ、オレの体に寄り添っていた。どうやら気絶している間、ずっと心配して添い寝してくれていたようだ。さすが未来の恋人を気取るだけある、献身的な姿だった。
「もうっ!しんじゃうかとおもったよーっ!」
「いてて……そう簡単に死んでたまるかよ」
蹴り飛ばされて意識が飛んでから、オレは保健室に運ばれたようだ。周囲を見渡すと薬や体温計などが置かれている棚が並んでいる。ベッドは子ども用サイズで乗らないので、敷き布団を敷いた床に寝転ばされていた。時計を見るともうすぐ昼食前の時間だ。どうやら一時間くらい気を失っていたらしい。
「この包帯は誰が……?」
「えへへ……わ・た・し」
「……ホントか?」
「うそです。えみるせんせーがまきました」
だろうな。応急処置を学んだ者の巻き方だし、年端もいかぬハーブちゃんが出来ることじゃない。
ん?ということは、えみるさんが助けてくれたってことか。いつもおどおどしているけど、ちゃんと出来ているじゃないか。もっと自信を持てばいいのに。それにオレのことを思って治療してくれたんだ。胸の辺りがきゅっと締まるような、じんわり温まるようなかんじがした。
「……あれ?他の子は?」
「えみるせんせーとえんちょーせんせーがみてくれているよー」
「そっか……迷惑かけちゃったな」
あとで二人にはお礼を言っておかないと。
それにえみるさんとは、このケガを通してお近づきになれるかもしれない。「君の愛に気付いたよ」なんてセリフも添えてみようか。それはちょっと
「あの……せんせい」
白い引き戸が開けられて、シュヴァリナちゃんが入室してくる。先程とは打って変わって、とぼとぼとした勢いのない足音だ。目元には影が落ちていて、沈痛な面持ちだった。
「う、うぅ……ごめ、ごめんなざいいいいぃぃぃぃ……っ!」
「どわあっ!?何だ急に!?」
入ってきて早々、滝のような涙を流しながら飛びついてきた。歪んだ顔はぐしゃぐしゃに濡れていて、鼻を
「あた、あたしのせいで、せんせいを、せんせいをぉぉぉぉ……っ!」
「はいはい、そんなに泣かなくていいから。とりあえずオレは無事だからさ」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
「しんぱいしすぎだよねー」
「それ、ずっと付き添ってた君が言う?」
シュヴァリナちゃんが泣き止むまでかなり時間がかかった。落ち着いたと思ったらぶり返して、また大号泣の連続。一年分の涙を流したんじゃないか、と思ってしまうくらいの土砂降り降水量だ。おかげでオレのエプロンはぐっしょりべちょべちょ、おもらしした跡みたいになっていた。他人が見たら勘違いしそうな絵面だ。
「う……ひっく」
「失敗なんて誰にだってあることだよ。先生だってよくしちゃうもん。だからね、これからは相手を蹴らないよう、気を付けてくれればいいよ」
「で、でも……」
「それより、どうして人間とくっついちゃいけない、なんて思ったのかな?」
「だって……あたし、にんげんじゃないから……。わるいえいきょう?……あったらおこられるっておもって……」
やっぱり、そういうことか。
予想通り、昨日の一件が尾を引いていたみたいだ。短い時間の出来事だが、シュヴァリナちゃんに与えた心の傷は深かったらしい。
自分達異種族のせいで、この国の先住民である人間相手に迷惑をかけちゃいけない。じゃあ、友達のハーブちゃんみたいな過度な接触も、人間の迷惑になるんじゃないのか?もしまた昨日みたいに怒られたら、ハーブちゃんも酷い目に遭うかもしれない。そんなの嫌だ。と考えたからこそ、シュヴァリナちゃんは友人を止めようとしていたんだろう。
でもそれは、彼女の本当の気持ちじゃないはず。心の底からやりたいことじゃない、不安に突き動かされてやっているだけなんだ。
「シュヴァリナちゃんは……人間のこと、嫌いかな?」
「ううん……すき」
「なら、それでいいんじゃないかな?」
他人のことを思うことは大切だ。相手の立場に立って考えて、お互い思いやって生活する。世の中で生きていくために身につけないといけない能力だ。でも自分を押し殺してまで貫き通すことじゃない。ましてや子どもに必要以上の我慢を強いるなんて間違っている。
「昨日公園で会った人が言うのも、一つの考え方だよ。でもそれが正しいって訳じゃない。先生は逆に、もっといっぱい交流……友達になった方がいいって思っている。だからシュヴァリナちゃんも、自分が思うようにすればいいよ。人間が好きなら話したり遊んだり、たくさん挑戦すればいい。もしそれが間違っていたり危ないことだったりしたら、その時は先生が教えてあげるからさ」
子どもを導くのが大人の使命だ。でもそれは、レールを敷いて走らせることじゃない。子どもが思うがままに突き進み、時にそれをサポートするのが大切なんだ。
だからこそシュヴァリナちゃんには、この園の子ども達には自由に世界と関わってほしいんだ。
「……って、話が難しかったよね」
格好付けて語ってしまい、少々気恥ずかしい。照れ隠しに頭を掻いてしまう。まだ仕事を始めて一ヶ月ちょっとのくせに、口だけはベテランみたいで偉そうだ。教授に見られたら間違いなくチョップを叩き込まれているだろう。
「ちょっとー、わたしのことはむしなのー?」
「あ、ごめん」
話に入ってこれなかったハーブちゃんが仏頂面になっていた。
「すきなようにしていいなら、わたしとせーしきにおつきあいしてよーっ!」
「それとこれとは話が別だからね!?というか子どもと付き合えるか!」
嫉妬心も混じっていると思う。
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