3-3


 次の日は珍しく雨が降っていなかった。

 降水確率は五十パーセント。空は鈍い灰色の曇天で湿気むんむんだが、有り難いことに園庭は濡れておらず、外遊び可能な条件は揃っていた。

 また明日から天気が崩れるという予報だったため、この機会を逃したらまた室内閉じこもりっぱなしのストレス地獄突入だ。

 今日こそ思い切り運動して、気分さっぱりしてもらおう。そしてお昼寝はぐっすり、夢の中。平和な時間を過ごしたい。

 ということで、子ども達に外へ出てもらったのだが……。


「うーん。あめがふりそうだね」

「ああ、うん。そう思うよね」


 文字通り、早くも雲行きが怪しい。

 自然の変化に敏感なエルフ族であるネイチル君も、雨の予兆を感じているようだ。長い耳をしきりにピクピクさせている。

 しかし、後のことを恐れていたら何も出来ない。ここは強行突破で外遊びを続行してやる。運任せだが、きっと良い方へ転がるはず。

 と、判断したのが間違いだった。


「ほら、ふってきたよ」

「どわーっ!?みんな、部屋の中に戻るんだーっ!」


 あっという間に天気は下り坂。期待とは真逆の、悪い方へと転げ落ちていく。空一面に拡がる黒い雨雲から、バケツをひっくり返したような大雨が降り注いできた。

 根拠のない希望だけで行動すれば、大抵最悪の結果を招く。その典型的な例だろう。大失敗だ。

 オレは急いで子ども達を集めて、保育室に避難させたのだが――


「るぅるぅ♪」

「だぁーっ!もう、セルリラちゃんってば!」


 ――水が大好きセルリラちゃんがビショビショになりながら……いや、体がほぼ水分だから関係ないのだが、雨の中で一人駆け回って遊んでいた。

 スライム族なので、土砂降りでも平気だからセーフ。と、置去りにする訳にもいかないので大雨の中へ戻り、猛ダッシュする液体ボディを捕縛して、脇に抱えたまま保育室に滑り込むのだった。この間、わずか十秒。三ヶ月弱で鍛えられた成果だろう。自分で自分を褒めたい。


「あー、ずぶ濡れだ」

「るぅ?」

「うん、君は関係なかったね」


 スライム族はあらゆる水分を体表から吸収するので、濡れるという概念がない。なので雨でも平気で遊んでいたのだ。一方他の種族は濡れたせいで体温が低下すると、体の機能に様々な支障が出る。人間はもちろんのこと、ワーキャット族やハーピィ族、炎の種族であるドラゴニュート族は特に顕著だ。濡れた衣服は脱いで、早く体を拭かないといけない。風邪をひく、では済まないかもしれないのだ。


「私もぐっしょりです……」

「うわっ!?」


 雨水が三つ編みから滴り落ちているえみるさんだが、それ以上に目を引くのが肌と密着したシャツだ。濡れたせいで肌の色白さが透けて見えており、なまめかしさを感じる。濡れシャツは一部の男性に人気だが、その理由が分かった気がする。確かに破壊力抜群だ。認めざるを得ない。

 さらにエプロンを脱ぎ始めたせいで、その下のたわわな胸も露わになる。肩にうっすらと浮き出ているのは下着の紐だろうか。それに胸には模様らしき何かが見える。ダメだ、これ以上はいけない。じっと見ているなんて、まるで変態覗き魔じゃないか。眼福とはいえ、オレの馬鹿。


「あ、あの、えみるさん!す、透けてますから!」

「え?……ひゃっ、やだ!私ったら!し、しちゅれいしますっ!」


 下着が丸見えな状態に気付いたえみるさんは、両腕を交差させてこぼれ落ちるほどの胸を隠すと、余所よそへ着替えに行ってしまった。男のオレの前で晒してしまったのが恥ずかしかったのだろう。耳まで真っ赤にしていた。慌ててろれつが回っていないあたり、本当に透けているのが想定外だったらしい。男性であるオレの前でも平気で脱ごうとしているので、警戒心がゼロとも言えるだろう。ちょっと抜けているところも可愛いなぁ。

 しかし、濡れシャツというラッキーな場面をみすみす手放すなんて、我ながらもったいないことをした気がする。一瞬のことで網膜に焼き付いておらず、低性能な眼球が憎らしい。変態覗き魔の烙印を押されたくないがためだったが、あの様子ならもう少し見ていても大丈夫だったかもしれない。

 いやいや。正式にお付き合いするようになれば、いつでも見放題になるじゃないか。ラッキースケベ程度に固執しているから、いつまでたっても彼女が出来ない可哀想な男なんだろ、まったく。あと、その変態性が原因とも言えるか。これがモテない男の末路である。


「いや~んっ!わたしもすけすけだ~❤」


 ハーブちゃんが体をくねらせて、服がぺったり貼り付いた胸元を見せてくる。当たり前だがまな板だ。断崖絶壁、真っ平ら。もちろん、エロさの「エ」の字もない。色仕掛けのつもりなのだろうか。中途半端な蛇ダンスにしか見えない。


「ちゃんと体を拭いておけよ」

「……」


 そんなことより、えみるさんとの関係だ。

 この三ヶ月弱で何一つ進展していない。昨日の害虫退治だって、ララちゃんに美味しいところを取られてしまった。このままでは、距離を縮めるイベントが何一つないまま夏に突入してしまう。独り身の夏ほど惨めなものはない。いや、冬もそこそこ辛いのだが。

 今まで誰にも先を越されずに済んでいるのが奇跡だし、職場にいる男がオレ一人というのもまた奇跡。ここまでお膳立てされているのにさっぱり歩み寄れていないのは、ひとえにオレの不甲斐なさ故か。もしかしたら、男性として見られていないのかもしれない。


「せんせー、みてみてー。わたしのぷにぷにおっぱい~❤」

「ふざけてないで早く服を着ろ」

「……」


 ないものを寄せても、谷間にはならない。よくてただのしわだ。色気は全くない。どうせそのうち成長するのだから、実りの時をじっくり待てばいいのに。

 オレの反応が欲しくて色仕掛けをしてくるのは、ラミア族としての本能だろうか。それとも歳の離れた姉達から、余計な知識を仕入れたせいなのか。

 ひとまず、微笑ましいと受け取っておこう。


「ていっ!」

「痛っ!?叩くなって!あと裸のままやるな!」


 幼児でも、嫉妬心は恐ろしい。

 オレがえみるさんばかり見ているからって、蛇の尻尾で好き放題殴りやがって。本気で彼女のつもりなのだろうけど、ありがた迷惑だ。子どもにモテても仕方ないんですが。

 

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