3-9
「喩えて言うなら、お前は子どもの形をしたフィギュアがいっぱい入った玩具箱を持っている。だけどその箱はアホらしいほど小さくて、全部入れたらぱんぱんになっちまう。なのにお前は後生大事に、フィギュア一つ一つをガチャのカプセルで保護している。そうしたらどうだ、箱に入りきる訳がない。どうやってもこぼれ落ちてしまう。それが今、お前の置かれている状況だよ」
「その、カプセルって……」
「相手が異種族だからこうしなきゃ……っていう思い込み、余計な枠組みだよ」
残りを一気に呷って二本目も空にすると、教授はすかさず三本目に移る。
「鈴振は差別や偏見を気にしているみたいだが、そんなお前も異種族だからって先入観を持っている。しかも他の連中と違って、自分を責めてしまうって残念なおまけつきだ。同僚の太陽寺にも同じことが言えるな」
「それは、否定出来ませんが……」
「そりゃあ、子ども相手の仕事なんだから、一人一人に合わせた対応は必要だろうけどな、別の種族の子どもを全部理解するなんて、そもそも不可能なんだよ。同じ人間同士でさえ無理で、今でも争いが絶えないんだからな」
それは一理あるかもしれない。人間同士だって相互理解が出来ず争ってきた歴史があり、考え方の違いが数々の衝突を生んできた。家族ですら分かり合えないなんてザラにある。結局、相手を完璧に理解するなんて不可能なのだ。
しかし、それを認めて努力をやめたら、共存どころか鎖国の時代に逆戻りだ。大人の悪しき姿を、純粋な子どもに見せられない。未来を担う子どもの道を、大人が壊すなんてもっての
「ですけど、そんな半端な教育なんてしたら、余計に悪化するかもしれないじゃないですか!」
「だから、そういうところだよ、お前は。クソ真面目に教育しなきゃって、大人目線で考えている。だからうまくいかないんだよ」
だが、オレの反論はぴしゃりと止められた。
六多部教授の射貫くような視線が突き刺さる。縫い付けられたように、口が開かなかった。
「お前はずっとぐるぐると、禅問答みたいに答えのないループにはまり込んでる。自分でも分かっているだろ、『異種族こども園』なんて代物が、出来たばかりで前代未聞のトンデモ計画だって。じゃあ何が正しいかなんて、誰にも分からないんじゃねーのか?」
はっとした。
こんな仕事、新人には荷が重いって、ずっと思ってきた。その理由は史上初の事業、その最前線に立たされたことにある。
なのにオレは子どもの前で正しくあろう、異種族との共存に尽力しようと躍起になって、大前提を忘れていたんだ。
「それなのに正しさだなんだを教育するなんて偉そうに考えて、力不足の自分に嘆いている。アホらしいじゃねーか、答えのない話に悩むなんてさ。違うだろ?あたしらが子どもに教えるんじゃない。子どもと一緒に学んでいくんだよ、異種族と共存するのに何が大切なのかをな」
「はは……その通りですね。オレ、何を悩んでいたんだろう」
子どもを預かり、育てる。それが責任重大な仕事だからって、難しく考え過ぎていたんだ。
何のことはない。子ども達もその保護者も、そしてオレ達保育士にも何が正解なのか分からないんだ。だから失敗するし、うまくいかずに頭を抱えてしまう。時には行き先を見失い、迷走することもある。
でもそれが当たり前なんだ。子どものために、保護者のために、教え導かないといけない……なんて、肩肘張らなくて良かったんだ。
「お前らは道なき道を歩いているんだ。もっと気楽に、子ども達からも色々教えてもらうんだな」
「ええ、そうですね」
開栓した缶を掲げてくる六多部教授に応えて、缶同士を軽くぶつけ合う。相談事が解決したすがすがしさに乾杯をした。
「で、太陽寺とはどこまで進んだのよ?」
「ぶふぉぅっ!?」
突然の話題転換に、思わずビールを噴き出した。鼻にも回ってしまい、ツーンとした感覚が刺してくる。
折角良い雰囲気だったのに、下世話な問いかけにぶち壊しだ。温度差が激し過ぎてびっくりする。
「ど、どうもこうもないですよ!ただの同僚のままですって!」
「はぁ?お前、太陽寺が目当てで就職先にしたんだろーが。何日和ってるんだよ、男見せろや」
「タイミングがなかっただけですって。毎日仕事が大変で……それに、ラミア族の女の子に目を付けられて……」
「マジか!そりゃ災難だ、興味がなくなるまでつきまとわれるぞ!」
「完全にストーカーじゃないですか!」
それからは園児の話を酒の肴に、大盛り上がりだった。思えば、誰かに自分の気持ちを
気付けばお互い酔い潰れて、床に突っ伏して寝ていた。一体何本飲んだのだろう、床には空き缶が幾つも転がっている。
「うぉああああああああっ!?」
「んあー……?うるせーな、鈴振ぃ……。世界が終わったみてぇな悲鳴を上げやがって、巨大隕石でも落ちてきたか?」
「遅刻なんですよ!ああもう、酒なんて飲むんじゃなかった!」
もう登園時間をとうに過ぎていた。完全に遅刻だ。どう急いでも間に合わない、アウト中のアウトである。
軟体動物の如く床でもぞもぞしている六多部教授は放っておき、オレはしわくちゃの服を着替えて大慌てで支度をする。ぼさぼさの髪の毛を丁寧に直す暇はない。焦りでてんてこまいな勢いをそのままに、玄関から飛び出して園へ直行。
酔いは醒めておらず、走ると脳味噌が揺さぶられているようで気持ち悪い。大して酒に強くないのに、教授に乗せられて飲み過ぎてしまったせいだ。吐きそうになる。いや、吐いた。
学生時代に酒で度々失敗したのに、そこから何も学んでいない。それだけ子ども達の話に花が咲いた、とも言えるのかもしれないが。
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