エピローグ


 雲一つない晴れ渡った青い、青い空。

 燦々さんさんと輝く太陽が、子ども達の喧騒が溢れる園庭を照らしている。

 じめじめとした梅雨が明けて、久しぶりの外遊び日和だ。ずっと部屋に閉じこもりきりだったせいか、我慢した分だけ弾けて活力満ち満ちた姿がたくさん。空の色と同じ、元気の数値も青天井だ。

 オレも子ども達も、ずっと待ち焦がれていた瞬間だった。

 これでもやもやした気持ちともオサラバ、何事もなく平穏な日々に感謝感激雨あられだ。


「ガゥッ!」


 と、ならないのがうちの園である。

 気を抜いたら問題児が飛んでくる、それがいつもの光景だ。

 無防備なオレの尻に向けて、ガルベル君の鋭い牙が迫り来る!


「おっと、そうはいかないぜ!」

「ガゥアッ!?」


 しかし噛まれるなんて格好悪いヘマを、何度もするオレではない。失敗から学び一回りも二回りも成長する、それがオレなのだ。

 ズボンの下に装備したのはぶ厚い木版。これがあれば、柔らかい尻を魔の牙から守れるという訳だ。もっともささくれ立った木版のせいで、尻が傷だらけになったのだが、そんな失態は誰にも言うまい。


「ほら、この板なら噛んでいいぞ」

「ガゥガゥ~♪」


 彼が飽きるまでの間だが、これで噛みつき事件は減らせるし、オレも痛い思いをしなくて済む。あまりにも単純な対抗手段だけど、小さなことを出来る範囲から取り組むのが大切なんだ。その頑張りが、いつか実を結ぶと信じて。


「頑張りといえば……」


 園庭の中央で、子どもに追いかけられているえみるさんに視線を移す。相変わらず運動が苦手な彼女は、息も絶え絶え走っている。


「きゃーっ!捕まっちゃうーっ!」


 子ども相手に本気で走っていたようだが、相手はウィンちゃんで、下手な人間の大人より速いので当然だ。すぐに体力が底を突いてしまったのだろう。無理もない。

 あれから自信を取り戻してくれたのか、微笑みを浮かべている姿が多くなった。オレの励ましの効果だろうか、と己を過大評価していてはダメだろう。常に攻めの姿勢で、慢心は敵だ。恋の努力を止めてはいけない。

 しかし、それでもさっぱり距離が縮まらないのは何故なのか。

 えみるさんにとってオレは、頼りになる同僚止まりで、それ以上の関係にはなっていないのだ。

 仕事を始めて早三ヶ月、そろそろアプローチ方法を変えていく必要があるのかもしれない。ベタだけど食事に誘ってみようか。仕事の話を交えたら気楽に誘いに乗ってくれるだろうか。

 勇気を出して、一歩踏み出すんだ、オレ。と己を奮い立たせているところに――


「うわぁ、またえみるせんせいのことみているね」

「痛っ!地味に痛いぞ!?」


 ――前足ですねを小突いてくるシュヴァリナちゃん。硬い蹄がコツコツと、絶妙に効くのでやめてほしい。


「……というか、『うわぁ』ってなんだよ、悪いかよ」

「ハーブちゃんにうわきのこと、はなしちゃっていいの?」

「だからね、恋人同士じゃないんだってば。あとそれ、脅迫かよ」


 多分、それを分かった上でわざと言っているのだろう。運動大好き元気っ子のフリをして、年頃の女の子らしい悪戯心を持っている。付き合っている友達の影響だろうか。小悪魔っ子が増えているぞ。


「はぁ。うそついてごまかすニャんて、これだからロリコンはいやニャ」


 その悪友のご登場だ。

 人のことをロリコンと罵る問題児、キャルトちゃん。しかし、その裏にある思いは、大好きな友達を取られたくないという健気な心。それ自体は微笑ましいのだが、公共の場では絶対に言わないでもらいたい。多方面からあらぬ疑いをかけられてしまうのだから。


「オレが本物のロリコンに見えるか?こんなに心優しいお兄さんなのに?」

「じぶんでいうの、どうかとおもうニャ」

「ちょっとかっこわるい」

「えーっ、わたしはせんせーのこと、かっこいいっておもうよー?」


 そして、その大好きな友達にして、自称オレの恋人、ハーブちゃんがやってきた。早めの伴侶はんりょ探しで狙いを定めてきて、無理矢理ファーストキスを奪っていった極悪な犯人だ。彼女のせいでえみるさんとの距離が縮まらない、と言っても過言ではない。


「ま、格好いいのは認めるよ」

「わたしのかれしだもんねー❤」

「それは全く認めてないんだけどな」


 毎度毎度否定しているのに、ラブアピールは相変わらずだ。ぐいぐいくる。六多部教授曰く、ラミア族の愛情表現はしつこいそうだが、これからの園生活は大丈夫だろうか。下手すると、オレに貞操の危機が訪れるかもしれない……なんて突拍子もない不安に襲われる。子どもに襲われて性的に食われる、なんてファンタジーなように聞こえるが、異種族相手なら起きてもおかしくない。少なくとも、ファーストキスがそうだったのだから。


「あ、いまエッチなことかんがえたニャ。やっぱりロリコンじゃニャい」

「はいぃ!?か、考えてないからね、そんなこと!?」


 当たらなくとも遠からずで、ドキッとしてしまう。子どもの観察眼を甘く見てはいけない。読心術並の洞察力だ。心の内は筒抜けだと思っておいた方がいい。


「え!?わたしとしてくれるの!?」

「誰もンなこと言ってないから!っていうか、どこでそんな情報を!?」

「キャルだけど?」

「あと、おねーちゃんたちからー」

「最悪だよ!うわ、絡みつくな!」

「いいじゃーん。わたしたち、カップルでしょ?」

「だから違うから!ちょ、シュヴァリナちゃんヘルプー!」

「がんばってー」


 異種族の子ども相手の、史上初のお仕事。しかも、とんでもない問題児揃いな現場だ。これからも数々の困難が待ち受けているだろう。

 でも、不思議とやっていけそうな気がする。同じ志を持って働く仲間と、純粋な心で成長する子ども達と一緒なら、きっとなんとかなるはずだ。そう思えてくる。

 なんて、根拠は全然ないけれどさ。

 そんな毎日でもいいじゃない。



 一旦、完。

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モンスター園児ライフ~異種族ロリショタがかわいい今日この頃~ 黒糖はるる @5910haruru

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