3日目 深夜の道中

 街中の灯りがほとんどなくなった頃、静まり返った大通りを馬車が走ってた。


「結局抜け出せなかったなー」


「仕方ないだろ。予想外に全員時間通りに来てたんだから」


 少々疲れた表情で話すのはカインとアルフリッドだ。

 今日の食事会を開催していた子爵邸には少し遅れて到着した。

 いつもなら誰かしら遅れてくる者が居るのに、今日に限っては自分達以外には居なかった。そのせいで悪目立ちしたのか、普段交流の無い者に話しかけられたり、好戦的な同年代に絡まれたりと散々な目にあったのだ。


「後悔してるか?」


「そんなわけないだろ」


 いつもより素直に答える親友の姿に、真面目で几帳面なこの男がいつの間にこんな風になったのやらと笑いを噛み殺す。


「カイン、頼みがある」


 二人の時にはほとんど聞かない、外に居る時のような硬い声色と表情に、緩んでいた気持ちを引き締め座り直す。


「どうした、やけに剣呑じゃないか?」


「お前のとこの調査班を一班借りたい、できれば隠密が得意なところを。あとは警備兵の配置の見直しを頼む」


「あー……商店街のやつね。いいよ、こっちでやっておく。明日中には結果を出させるよ」


 その返事にふっと表情を緩め、眉を僅かに下げる。


「悪いな、こんなことを頼んで」


「別に構わないって。どんな身分でも裁くべきは裁く、誰であっても。

 まったく、貴族は何してもいいとか何十年昔の勘違いだよ。せっかく垣根が低くなった筈なのに。国民もどことなく貴族さまーって感じだもんな」


「まだ過去の横暴にしがみ付く世代が残っているから、だろうな。今の爵位なんて名誉だけで、そこまでの力を持っていないということを受け入れられないんだろう」


「おお、アルフにしては言うな。

 その娘や息子がどれだけ事実を認識するかで、今後の貴族界は変わるだろうな」


 前国王の世代より、貴族の持つ権力は著しく下げられた。

 本来、この国の貴族が担う役目は、領地を守り、人を守り、生活を豊かにすることとされている。

 それなのに、一部の強欲な人間は私腹を肥やし、民を貶め、法までも犯した。

 至る所に手が伸びた強欲により、一時期国が傾いたこともある。

 身の丈に合わない力は、人も自分も国も、滅ぼす。

 今の世では、貴族というものは国においての役職であり、名誉と人脈と収入の程度の違いしかない。しかし長年の印象というものはなかなか払拭できるものではないらしい。


「ま、そもそも今一番国民に迷惑をかけている身だ。出来るだけのことやらなきゃ顔を合わせられないだろ」


 少し疲れたような、申し訳なさそうな表情を浮かべ合うと、アルフリッドが沈んだ声で続ける。


「……そうだな。さっき、ミリーナさんに言われたよ」


「ミリーナ嬢が? 何だって?」


「ああ……。王子様なんて知らない、選出の儀なんてどうでもいい。みんなして浮かれて、踊らされて、馬鹿みたい、だとさ」


「それは……辛辣だな」


 一言一句違わず覚えているその言葉は、余程胸に刺さったのだろうか。目線を落とすアルフリッドの視界の隅で、眉を寄せつつ口元を歪め自嘲気味な笑みを浮かべた。


「でも事実だからな」


 辛そうな表情をお互い一瞬で隠すと、カインは代わりにニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「で? ミリーナ嬢との仲は進展したんだよな?」


「なんでいきなりその話題になる!」


「えー、だって気になるじゃん? ちゃんとお前の胸で泣かせてやったか? 慰めのちゅーでもしてあげたほうがよかったんじゃないか?」


「おっ……お前は! 婚前の男女がそんなことしていいわけ無いだろう!」


「うわっ、アルフってばかたーい。今時の若人はもっと進んでるらしいぞ? さっき馬鹿男共が自慢げに話してきやがった」


「あんなのと一緒になりたくない。それに、順序を追わないと駄目だろう」


「……お前、ほんっと固いのな」


「これが普通だ」


「ま、立場上しょうがないよなー」


「まぁ、そうだな……」


 ミリーナにはまだ言っていない自分達の事情。いつかは話さなければと思いつつ、心地よい距離感につい先延ばしになっていく。


「言ったら、避けられるかな」


「どうだろうな。まぁ、あんまりいい印象は持たれないかもな」


 無闇に慰めることはせず、はっきり言い切るカインの言葉に深くため息をついた。

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