3日目 親友の密約

 アルフリッドがどことなく嬉しそうにしている今より少し前。

 店の外には一人の貴族風の男が居た。


「んー……これはオレ、邪魔だよな」


 一眠りして店に来たものの、何やら取り込み中の気配。カインは二人から見えないように壁に身を隠し、中の様子を伺う。道行く人の視線が痛いのはこの際気にしないことにした。


「あのスカートはミリーナ嬢か。んで、アルフが正面に座ってると。なんか困った顔してるし、ミリーナ嬢の姿勢からすると何かあったな。んで、慰めていると見た。距離詰めたなー、やったなアルフ」


 腕を組みぶつぶつ言っているカインの予想はほぼ正解だった。


「このまま二人にしておくのが正解か。……ん?」


 静かに立ち去ろうとしたところに、橙色の髪を乱しながら走ってくる姿を見つけた。


「はぁ、はぁ、はぁっ……あれ、昨日のお客さん?」


「これはこれはサリー嬢、今日も会えるとは光栄だよ。それにしてもそんなに急いで何かあったかな?」


 肩で息をし、さも急いできたという様子のサリーに、紳士風の態度を装い問う。


「ミーナ見ませんでしたかっ? さっき商店街で揉め事があったって聞いて、それがミーナかもしれないんです!」


「ふむ……ところでサリー嬢。キミはミリーナ嬢の親友って言っていたね?」


「え? はい、そうですけど。家が近所なので小さい頃から仲がいいんです」


「ちょっと話がある。なぁに、ミリーナ嬢なら大丈夫だ。僕の馬車まで来てくれないか? さぁこっちだ、さぁ行こう」


「へ? 何? ちょっと、何なのーっ!?」


 店内の二人に気付かれないよう、サリーの腕を掴みすたすたと元来た道へと歩いていった。



 馬車まで戻ると御者を退席させ、中に入る。訳も分からず押し込まれたサリーはひたすらに不満顔だ。


「よし、そこ座って」


「何なのよ、出してよ! あたしはミーナを探してっ」


 普段なら客商売をしている実家の教育もあってか、それなりにきちんとした言葉遣いをしている。

 しかし今の状況と、誘拐紛いのことをしてくるカインに対し敵意しか感じられず、自然と反抗的になってしまう。


「はいはい、大丈夫だって。オレの親友がついてるからさ。さっきも言ったけど、ちょっと聞きたいことがあるんだよねー」


 そんな態度は気にも留めず、人目がなくなったことをいいことに、紳士の装いを取っ払いにこにこと話を進める。


「……昨日とずい分と口調が変わってない?」


「外だと人の目があるからねー、一応立場上? 真面目君で通さなきゃいけないことも多いんだ」


 靴を脱いで椅子に胡坐をかく姿に、サリーは行儀が悪いと思いつつも質問することにした。


「で、あんた誰? ミーナのお店のお客さんって事は知ってるけど、それ以外全然分かんないんだけど。てゆーか、あたしはミーナが心配だから探しに行きたいんだけど!」


 敵愾心と昨日の印象が崩れたからだろう、感情をむき出しで噛み付くサリーの様子にカインの顔にはつい笑みが浮かんでしまう。


「おー、元気だな。ミリーナ嬢とは正反対だ。だからこそ仲がいいのかね、オレとアルフみたいに」


「アルフ?」


「アルフリッド。今ミリーナ嬢と一緒に居る、オレの親友。ちなみにオレの名前はカイン」


「そう、カインね。ミーナはどこに居るの? 返事次第じゃひっぱたくよ」


 知りたいことをはぐらかされているような気がして、サリーは苛立ち始める。


「あー、待て待て。ミリーナ嬢は店に居るよ、さっき見たから。そんでサリー嬢はミリーナ嬢に何があったか知ってるのか?」


「あくまで噂って言うか、聞いた話だけど……」


 サリーは、思いのほか正確に伝わっていた一部始終を口にした。相槌を打ちつつ最後まで聞いたカインは、ふむと顎に手を当て考え始める。


「ふーん……確かに、ミリーナ嬢っぽいな」


「でしょ? だからあたしが」


「アルフが居るから大丈夫」


「て、男でしょ!? 灯りもついてない部屋で……何かあったらどうすんの!」


「あー、サリー嬢? 恋愛小説の読みすぎだ。それにアルフはそんなことしない」


「なんでそんなこと言えるの? 親友だからじゃ許さないよ!」


「あいつは女に慣れてないからな。せいぜい出来てもお手て繋ぐくらいだろ」


「お手てって……本当に?」


「うん、オレが保証する」


「あんまり信用できない保証だけどね」


 とりあえずは納得したようだが、やはりカインに対する視線は疑いを含んでいるようだ。


「で、だ。ちょっとオレ、サリー嬢にお願いがあるんだよね」


 椅子にきちんと座りなおし膝の上で手を組み合わせると、ニヤリと笑って言った。


「……なによ? あんたのお願いを聞く義理なんて無いんだけど」


「まぁまぁ、聞くだけ聞いておいてよ。サリー嬢はミリーナ嬢の交友関係ってか、男関係は知ってる?」


「そりゃ……でも、言うわけ無いでしょ!」


「ま、言いづらいよな。でも言ってもらうぞ、大事なことだからな。調べれば分かることだけどわざわざ波を立てるのも悪いと思って言ってるんだ。ミリーナ嬢の平穏を守りたいなら大人しく吐け」


「脅しかっ! そもそも、どうして知りたいかさえ知らないんだから言えるわけ無いでしょ!」


 サリーはさり気なく扉に近寄り、後ろ手で開けようとするも、鍵がかかっているのかびくともしない。


「諦めろ、扉は御者が見張ってるからな。もし強引に開けても捕まるだけだ」


「……お貴族様って犯罪紛いなことも平気でするんだ」


「こんなの犯罪にも入らないさ。まぁこっちの目的を言わなかったのは悪かったな。ちゃんと話すから素直に席に座ってろ」


 ここから出るには素直に言う事を聞いておいたほうがいいと判断したサリーは、しぶしぶ席に戻った。


「さっきも言ったが今、ミリーナ嬢はアルフと一緒にいる。

 会ってからあまり経ってないんだけどあの二人、相性いいと思うんだよね。恋愛下手だからまだお互い意識してないかもだけど。んで、無理にくっつけるつもりはないけど、背中を押すぐらいはしようかと思ってね。

 そこでサリー嬢の協力が欲しいんだ」


「……なんであんたがそんなこと気にすんのよ」


「んー……色々と言えない事情もあるんだけど、オレもアルフも成人しちゃったんだよね。そろそろ家からもせっつかれる時期でして」


「そんなのミーナに関係ないじゃん」


「うん、だから無理にはしないって。ミリーナ嬢は男経験なさそうだよな。多分今も恋人とかは居ないんだろ?」


「そうだけど……別にミーナがもてないって訳じゃないんだからね! 鈍感娘なだけなの! 純粋なの、素直なの! だからあんたなんかの毒牙にっ」


「待て待て、オレじゃないって言ってるだろ。落ち着け」


 肩で息をしているサリーを見て、カインはため息をつき妥協案を出すことにした。


「んじゃ提案だ。オレらは最近ミリーナ嬢の店に来てるんだけど、そこでアルフを見てやってくれ。んで、ミリーナ嬢に相応しいと思ったら協力してくれ。

 あの子をいつまでも一人にしておくのも心配だろ? どこの馬の骨とも知らん奴に取られるよりはよっぽど安心なはずだ」


「あんたもどこの馬の骨か知らないっての!」


「あーはいはい。オレはアルフの親友として、ミリーナ嬢の親友に頼んでるんだ。考えるだけでもしてくんないかね?」


「…………考えるだけだからね」


「上等だ。オレの親友がどんだけいい奴か思い知れ」


 とりあえずの了承を得て、そろそろかと馬車を降りて店に行くことにした。その後を歩くサリーの顔はやはり不満気だった。


「あー、ちなみに聞くが、サリー嬢はいつもこんな感じなのか?」


「何が?」


「態度とか口調とか」


「そんな訳ないでしょ!

 あんたが猫被るし誘拐するし命令するからこうなってるだけで他の人にはちゃんとしてるし。今更戻す気、無いからね」


「ふーん……ま、いーけどさ」


 それだけ言い、まだまだ怒っているサリーの後姿を歩き始める。

 あれだけ怒っていたのは本心なのか虚勢なのか。もし後者だったとしたら悪いことをしたなと思いつつも、自分の目的の為には自制する気は無い。


「あの状況であの態度か……なかなかの気の強さだな」


 聞こえないくらいの声で呟き、カインの口元が僅かに緩んだ。

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