2日目 うたた寝の夢

 翌朝、ミリーナはいつものように日課をこなしていた。

 洗濯、掃除、水汲み、朝のメニュー作り。普段通りの慌しくも穏やかな時間だった。


「おはようミーナちゃん。新聞に昨日のこと載ってたから持ってきたわよ!」


 常連客が注文の時にぱさりと手渡してきたのは、色鮮やかな新聞だった。普段は白黒が多いのに、選出の儀に関してはふんだんに色を使っているらしい。

 一面に飾られているのは、王子の食事風景と積み重なった皿だった。


「……肝心の王子様の顔は見えないのね」


「なんでも写真も制限されてるみたいだねぇ。はっきりしたのは小さいし大きいのはぼんやりしてるしで、写真じゃちゃんとした顔は分からないよ」


 でもあの場に行くには勇気が要るからねと締めくくり、青菜のポタージュとパンをもりもり食べ始めた。

 自分も食事を始めつつ、手渡された新聞を流し読みする。

 昨日の王子追走事件は大きく取り上げられ、注意を促す言葉が書かれている。そして食品店の品薄に関しては端のほうに追いやられ、ご令嬢の暴挙に関しては全く書かれていなかった。


「ああいうのこそ、記事にして欲しいもんだけどな」


 まったくもう、とため息をつきながら食品店の安売り情報のページを開く。王子の花嫁より自分のお店。一面記事を見ていた時とは打って変わり、ペンを片手に熱心に目を走らせていった。



 午後、王都の隅にあるこの地域は一気に人の気配がなくなった。

 二日目ともなり、様子見と思っていた観客もそろそろ足を運んでいるようだ。年頃の女性は付け焼刃でもと料理教室に通う人が増えたらしい。


「あー……静かだ」


 片付けも仕込みも終わり、カウンターに顎を乗せて寛ぐ。開け放たれた入口からは暖かい風が音も無く入ってくる。


(なんか、最近慌しかったからこういうの久々だな)


 周りの店も客を見込めないと判断したのかいつのまにやら閉店中の札が掛けられている。恐らく選出の儀を観にいったのだろう。


(ご苦労なこと……それにしても眠い)


 背もたれの無い高さのある椅子に腰掛けているが、カウンターに突っ伏していると安定する。


(ちょっとだけ……)


 うとうとと瞼の力を抜くと、するりと眠りに入ってしまった。



(……ん?)


 煌びやかな舞台。何故かその舞台袖にミリーナは立っていた。

 辺りを見回すとどうやら広場に作られた場所のようだ。


(もしかして……選出の、儀?)


 行ったことが無いくせに、何故かそう思える舞台の中央には大きなテーブルが置かれ、そこには若い男性が座っているようだ。


「大鷲の君、どうか私の手料理を召し上がって下さいっ!」


 綺麗に着飾った女性。舞台正面の階段を上り、大きな皿をテーブルに置く。


(うわぁ……豪華)


 子豚の丸焼きに様々な香辛料を混ぜたソースをかけ、その脇には飾りとしてしか見なされていない野菜が添えられていた。


「いただきます」


(……あれ?)


 どこか聞き覚えのある声。何かの聞き間違えかと思い、王子と思しき姿の食事風景を眺める。

 優雅さを感じさせる完璧な作法。黙々と口に運び、噛み締め、飲み込む。それを何度も繰り返し皿を空にした。


「ごちそうさま」


 口元だけで微笑み、礼を言う。その様子に観客は沸き立ち、女性は感激の悲鳴をあげた。


「これにて、本日の選出の儀は終了とする!」


 高らかに宣言する声。それに合わせて席を立ち、こちらに向かってくる男性の姿。


(あれ……ここに居ちゃまずいんじゃ?)


 慌てて逃げようとするもどこにも道は無い。どうしようかと悩んでいるとその姿はどんどん近付いてくる。思い切って謝ろうと顔を上げると、目の前にはその男性の胸元が迫っていて……


「ミリーナさん」


「え?」

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