4日目 明かされた事実

 震える貴族二人を雨の中叩き出し、同時に店を後にした二人は重い空気を纏ったまま馬車に乗り込んだ。


「……アルフ、ごめん」


「いや……いずれ分かることだった。それが少し、早まっただけだ」


 外を少し歩いただけで濡れた身体はそのままに、深く腰掛ける。

 雨は強さを保ち、僅かにあった雲の切れ間はいつの間にか灰色の雲で埋められていた。

 道に溜まった水を盛大に跳ね返しながら急ぐ馬車は、それでも振動は最低限に抑えられ、溢れる思考の邪魔をすることは無い。


「仕事の話をしよう。あの二人の処遇は?」


「家も名乗ってるから直で書状を送るよ。ただ明後日だな、明日は無理だ」


「分かった、カインに任せる」


 一往復しかもたず途切れた会話の合間に流れる沈黙。

 小さな窓から外を眺めるアルフリッドの顔には、何の表情も浮かんでいない。


「……ミリーナ嬢、いいのか?」


「いいもなにも、黙っていたのは俺だ。……騙していたと思われても仕方が無い」


「諦めるのか?」


「俺がどう思ったところで決めるのは、ミリーナだ。

 それに……この期に及んでまだ、一番大きな事を隠しているんだからな」


 髪で隠れていると思っての行為だろう、眉を僅かに寄せた顔は、濡れた髪の合間からカインの目に映っていた。


「明日で、終わりだな」


「……そうだな」


 何度も角を曲がってようやく屋敷に着いた時も、雷雨が静まることは無かった。



 一気に人が居なくなった店内に、ミリーナは一人ぽつんと立っていた。

 心配したサリーが残ると言ってくれたが、今は一人になりたかった。


「……店、閉めよう」


 いくつか残った食器を洗い、拭く。いつもの慣れた作業は無意識に進んでいく。

 きれいに盛り付けたまま手をつけなかった自分のケーキの皿に、一瞬じわりと胸が痛んだが、極力気にしないように手を動かし続けた。

 響く雨音は様々な音を覆い、皿が重なるカチャリという音だけが耳に入る。すぐに終わってしまい、店内の片付けをして鍵を閉めた。

 何をするわけでもなく部屋に戻り、椅子に身体を預ける。近所の家から上る煙に、夕飯時であることを思い出したが自身の為に何かを作る気にはなれなかった。

 止まない雨と真っ暗な空に、今の自分を重ねてしまう。


「……お風呂、入ろう」


 きっと疲れているから、それに気持ちが引きずられているんだ。そう思い込ませ、重い身体をずるずると動かし入浴の準備をする。

 珍しくたっぷりとお湯を張り、一番好きな香りの入浴剤を混ぜ、少しでも明るくなれと手持ちのロウソクをいくつか持ち込んだ。

 いつものように髪を洗い、心地よい香りと明かりに満たされた浴槽に身体を沈める。


「カインさんが王子様……か」


 ぽつりと呟くと思った以上に声が響き、それらが更に自分に言い聞かせているように思える。

 最初は、ただの貴族だと思っていたのに……。

 よく話に聞く、ちょっと傲慢な人達なんだろうと思っていた。

 なのに、ほんの少し話しただけでその印象は全く違うものになり、すぐに好ましくなっていた。

 同時に出会った二人だけど、いつの間にかミリーナの意識が向くようになっていたのはアルフリッドのほうだった。

 いつからだろう? 最初は同じだったはずなのに。

 むしろ、警戒された分アルフリッドの方が少し怖かった。今思えば、王子様と行動しているのだからあの態度は当たり前だったのだろう。そんなことに今更気付き、笑いの混じったため息をつく。

 王子のカインとは従兄弟だと言っていた。確か、王族だからといって家族が多いわけではないらしいから、きっとアルフリッドの地位も高いのだろう。

 そんな、本来出会うことも話すことも無かったであろう人と、四日間だけとはいえ関係を持てたのは稀有な経験だった。


「うん……そう、だよね」


 そう思い込むことにした様子だが、視線はゆらゆらとゆれるロウソクの間をぼんやりと彷徨っている。

 自分では買わないようなきれいな色で染められたロウソクは、よく店に来てくれる同級生にもらったものだった。

 サリーは彼が自分に好意を寄せていると言っていたが、直接言われたわけでもなし、信じてはいなかった。

 けれど、色とりどりのロウソクを眺めている内に、どんな気持ちで買ってきたのか、明らかに女性向けの商品を手に取るのは勇気がいっただろうなということに思い当たった。


「サリーの言うことは……当たってたのかな」


 自分だったら、そんな機会は無いだろうけれど、もしも誰かに何かを贈るとしたら……どんな気持ちになるのだろう。

 少なくとも何かしらの好意を持っている人に対してだろうし、喜んでもらいたい。何が好きなのか、どんな時に渡したらいいのか、色々なことを考えるだろう。

 四日間を振り返り考える。喜んでくれる姿を一番想像した相手は、誰だったか。


「一番浮かれてたのは、わたしだったんだな……」


 ようやく気付いた気持ち。

 でもそれは遅すぎた。

 ロウソクの残りの長さはあと半分。固まり始めた気持ちを崩す為にも、ミリーナは炎が消えるまで見つめ続けた。

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