あの日の後の小さな宴

 選出の儀が終わった翌日。

 緑溢れる庭園の片隅に煉瓦造りの家屋があった。

 ごく一般的な大きさの、少々頑丈な作りの家の窓からは仲良く寄り添う夫婦が見える。


「もう、アルフはどこに行っちゃったのかしら?」


「朝からカインと一緒にミリーナちゃんの店に行ったよ」


 ふかふかとした布張りの椅子の上で、ほんの少しの隙間もないほど近くに座る女性は機嫌が悪そうだ。

 隣の男性は女性の艶やかな漆黒の髪を撫で、微笑を浮かべながら答える。


「兄さん? 来たよー!」


 木の扉がコンコンと音を発し、聞き慣れた声が聞こえた。

 その後ろから嗜めるような声がするのもいつものことだ。


「開いている、入ってくれ」


 音も無く開いた扉からは、晴天の空のような髪を持った女性と、気難しそうな顔をした男性が立っていた。


「よく来てくれたね」


「いらっしゃい、さぁ入って」


「そう言うならさぁ……ちょっとは椅子から動こうと思わないの?」


 呆れた様子の女性の言葉ににこにこしたまま、手元にある呼び鈴を鳴らすと、隣の部屋から家政婦がぱたぱたと駆けて来た。


「まぁまぁいらっしゃいませ! 旦那様も奥様も、仲がいいのは宜しいですけど、お客様の前ですよ!」


「いいんだよ、家族なんだから」


「親しき仲にも礼儀あり、でございます。ささ、おかけになって下さい。今お茶を入れますね」


 小言を投げてから再び奥の部屋に戻る家政婦に苦笑を浮かべ、べったりと寄り添っていた身を起こす。


「義兄さん、この度は御子息の婚姻、おめでとうございます」


「ちょっとあなた、真面目にも程があるって!」


「君はもう少し礼儀を弁えるべきだと思うんだが」


「まーまー。今日はいいお菓子を準備しているんだ。一緒に食べようじゃないか」


 家政婦が大きなポットを運んできて、机の上に様々な菓子を並べる。

 彼らにとってはいつもの風景。

 ただこの場所と人物は、この国において大きすぎる存在だった。


 場所は、王宮の裏の庭園の端。

 そして彼らは……。


「では改めて。

 我が息子、アルフリッドの婚姻祝いに来てくれてありがとう」


「あと、カイン君の婚約祝いもね」


「有難う御座います、王妃様」


「あたしも義姉さんもついにお姑さんかぁ……仲良くできるといいなぁ」


 仲睦まじい夫婦はアルフリッドの、そしてもう片方はカインの両親だった。


「お前は昔から年下に好かれていたじゃないか、大丈夫だよ」


「兄さんはミリーナちゃんに苦手意識もたれないようにね。昨日びっくりしてたじゃない」


「あれはその……外面と素面の境目がだな?」


「近いうちにちゃんと説明してあげなきゃいけないわねぇ」


 笑いながら、机のお茶や菓子を手に取り、のんびりと口に運んでいく。

 たっぷりと用意されたお茶のポットには布が巻かれ、温かさが保たれている。


「それにしても兄さん、昨日も思ったけどちょっと巻きすぎだよ?

 体形が可笑しかったし」


「あー、アルフにも言われたんだよなぁ。二枚くらいがいいかな?」


 そうお腹をぽんと叩くが揺れる肉はあまり無く、昨日の舞台上で見せた厚みは欠片も感じなかった。


「アルフ君がああ言ってくれたんですし、そろそろ太って見せるのは控えてもいいのでは……」


「そうは思うんだがなぁ……一度始めたら止め時がな?」


「私はどちらの貴方も好きよ?」


 そう言われ、再びべったり寄り添う夫婦を前に、国王の妹であるカインの母はため息をつきつつ焼き菓子を口に放り込んだ。


「あー、甘ったるい熱苦しい! アルフ君てば毎日これを見てるんでしょう?

 これを基準にミリーナちゃんに接したらきっと大変ね」


「確かに。アルフ君は硬派に見えはするがな……」


「あの子は好きな物にはべったりよ?」


「むっつりだしな」


 不名誉極まりない会話が繰り広げられ、お茶を注ぐ家政婦は憐憫の思いを寄せてしまう。

 長年勤めてきたが、個性的な両親に頭を悩ませている姿を多く見ていただけに、どこかアルフリッドを応援したくなる。


「それにしても……どうして選出の儀なんて開いたの? そこまで急ぐこと無いのに」


「いや、お前はあいつの奥手っぷりを知らないからそう言えるんだ!」


「それは兄さん達がアツアツすぎて恋愛が重いって感じてたんじゃない?」


「それはあるかもしれないわねぇ……」


 上を見上げ指をこめかみにつける仕草に、隣の夫はうっとりしている。

 

「そもそも、あの選出の儀は……身分が壁になってしまった王族が相手を認めさせる為の言い訳だったのでしょう?

 今となっては必要の無い儀式のはずでは」


 その言葉にふふっと笑みを漏らし、隣に寄り添う妻の黒髪を撫でながら答えた。


「アルフにはその相手が居なかったからな。意識を変えてくれれば十分と思っていたが、正直こんなに上手くいくとは思っていなかった。カインの手腕と……出会えた運命に驚きだな」


「有り難きお言葉です」


 真面目な姿勢を崩さない義弟に呆れながら、アルフリッドとミリーナの数奇な出会いに感謝する。


「このままだとお見合いでもしなきゃいけないかと思っていたの。でも、出来ることならアルフにも恋愛をして欲しかったのよね。私が今、幸せだから」


「ふーん……ま、その勢いでカインも婚約してくれたから万々歳かな!

 でも、どうにも聞いた感じじゃ、騙まし討ちと言うか強引にと言うか……」


「そういうのから始まるのも有りさ、きっと。

 さあさ、改めて四人を祝おうじゃないか」


 その言葉に手早く家政婦が茶を注ぎ、薄く繊細なカップを目の前に掲げる。


「四人の未来に幸いを……」


 四つのカップが寄り添い、小さくぶつかる。


「乾杯」


 チリンと綺麗な音が鳴り、両親達だけのささやかな宴は続いた。 

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イートリア国の王子様 雪之 @yukinobu

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