あの日の再会 宴の場で
早足で広場まで戻ると、そこには先程とは別の喧騒が広がっていた。
選出の儀、などと大仰な名前で行ってはいるが、国民にとってはお祭り感覚なのだろう。出店が広場をぐるりと囲っていて、様々な飲食物が売られている。
滅多に目にすることもない光景にミリーナの目は興味に輝いている。しかし可哀想だが今はカインの元に戻るのが先だった。
「今戻った。カインは何処に居る?」
裏道から入り、先程の厩へと戻ると老人が出てきた。馬から下りようとすると何故か止められる。
「おかえりなさいませ、殿下。カイン様より伝言で、騎馬のまま広場まで来るように、とのことです」
そう言うが早いか、手馴れた様子で馬を誘導し、細い道を進んでいった。
道中、ミリーナがアルフリッドと距離を取ろうとするも失敗し、お互いの妥協案として腰を支えるに留めるという口論があったが、ことのほか静かに舞台横まで来れた。
「殿下、こちらからお出になられますよう」
物陰から声と共に現れたのはカインの執事だった。
厩の老人はそこで交代となり、微笑を浮かべながら手綱を手渡した。
「色々と手間をかけてすまない。カインはどこだ?」
「坊ちゃまは舞台の上でございます。ひとまず、殿下はこのまま広場に出てもらいます。ミリーナ様も、宜しいですね?」
「え? あ、はいっ!」
突然呼ばれ驚いたのだろう、声がひっくり返ってしまったのを恥ずかしがる様子が堪らなく可愛らしい。表情が緩まぬよう、そしてミリーナを安心させるようにと腰に回した腕にほんの少し力を込める。
「……仲がよろしくて結構です。坊ちゃまもいつかお二人のようになれば……いえ、無駄口でしたな」
舞台横の垂れ幕が上がり、煌々とした外灯やかがり火の光が入り込む。
「……行くぞ」
「……はい」
耳元で囁くと、小さくこくんと頷く。
ルイーズがコツンと音を鳴らし、静々と歩を進めるにつれ、少しずつ外の様子が見えてくる。
突如上がった垂れ幕に近くの人間が何事かと興味を示しているようだ。
ぴんと背を伸ばし、こちらに向かう視線を受け止める。
大鷲の刺繍は、ミリーナの胸にある。
アルフリッドは今、自身の存在だけで王子だと示さなければならない。
執事が足を止めると、馬もその半歩後で停まる。
「大鷲の君、アルフリッド殿下の御成りです!」
張りのある声で広場に向かい述べる。
一瞬しんとした空気が漂うが、それはすぐさまかき消された。
わっと沸き立つ広場と、走って駆け寄り写真機を構える記者達。近くに居た者は嬉々とし、離れた場所から来た者は悔しそうに背伸びする。
パシャリパシャリと強い光が降り注ぎ、その眩しさにミリーナは目を閉じてしまった。
そんな中でもアルフリッドは悠然と構え、穏やかな笑みを浮かべている。
「先程は中座してしまい申し訳ない。彼女と、話をしたかった。
無事、結婚の申し込みを受けてもらった。その事をここで報告したい」
その言葉に、そこかしこから拍手が鳴り響いた。
中には憤怒の表情の女性も見受けられるが、それは意識から排除した。
「アルフリッド、並びにその妻となる者。こちらに来なさい」
舞台上から響く声。歳を重ねた深い声は喧騒を打ち消し広場に届いた。
「父さん……」
小さく呟くと、腕の中のミリーナがぴくりと跳ねる。それも仕方がないと苦笑を隠しつつ、馬から降り、ミリーナを下ろすのもアルフリッドが行った。
強張る背中に手を添え、中央の階段を上る。
夕方、ミリーナが一人で上った道。
それを今、二人寄り添って上っているということが、この上なく嬉しい。
ミリーナも同じ気持ちを持ってくれるかと様子を伺うと、ただただ緊張の面持ちで頭が真っ白になっているようだった。
舞台上に立つと、そこには国王と宰相と、それぞれの妻。そしてカインが居た。
「ミリーナよ、前に」
「は、はい!」
国王に名指しで呼ばれ、飛び跳ねそうになりながら言葉の通り歩を進める。
間近で見る国王は縦にも横にも大きい人物だった。
「それは……アルフの物か」
ミリーナが羽織っている上着を目に、ぽつりと呟く。言葉の意味を理解するのに数瞬かかり、気付くとすぐに腰を直角に折った。
「す、すすす、すみませんっ! お借りしてしまいましたすぐにお返しします!」
あわあわと脱ごうとするが、両腕を中に入れたまま釦をされているのでそう簡単にはいかない。無理に動いて服を傷めても困ると思っているのだろう、尚更慌てて後を覗き見られ、涙目のその顔につい魅入ってしまう。
「……はっはっは! いやいや、悪いな、可愛らしいお嬢さんだ」
「父上! からかわないで下さい!」
カインは国王に似ていると言われている。つまり、カインが人をからかうことも、国王と似ているということは近しい者には有名な話だった。
「え……? え、あの」
「アルフよ……一途に愛しいと思える女性を見つけられたのだな」
国王の視線はミリーナをすり抜け、後ろに控えるアルフリッドに向かっていた。その真剣な表情に、同じものを返した。
「はい。私は、ミリーナと添い遂げます」
その答えにゆっくり頷き、今度はミリーナに向かって小声で話しかけてきた。
「……はぁ、どうせあれだろう? お前は俺のだ! 可愛い格好見せたくないんだ! とか、言われたんだろう? いやはや、あいつは硬派で真面目で実は熱血でな……いいのかい?」
「へ? えっと……」
「しーっ、一応こっちが素だから。アルフについに好きな人が出来たって聞いて嬉しくも、心配しつつも楽しくも……」
「父さん、ミリーナに変なことを言わないで下さい」
小声で続ける国王に小さく鋭い声色が突き刺さる。不機嫌な顔をいっぱいに広げるとようやく諦めたのか、国王としての顔に戻った。
「我が息子、アルフリッドが求める料理を作った。それは美食の国、イートリアにおいて最大の良妻の証である。二人とも、末永く幸せであれ。
そして国へ尽くし民へ尽くし、この国の益々の繁栄を」
二人の婚姻を王が許した。その瞬間、広場のいたる所から色鮮やかな花火が舞い上がった。
「今宵は宴だ! 皆の者、存分に楽しむよう!」
国王の一声で広場は再び賑やかな喧騒に包まれた。
舞台上の席に着き、隣で笑うカイン。
国王と宰相は酒を酌み交わし、その妻もにこやかに加わる。
引っ張り上げられたサリーが泣いて喜ぶ姿にミリーナも瞳を潤ませていた。
舞台から見える広場の人々は皆、笑顔に満ちている。
大事な家族、気の置けない親友、その婚約者と……。
そっと隣を見つめていると、ふとその目が合った。
「どうかしましたか?」
茶色の瞳がかがり火の光を受けゆらゆらと輝いている。
肩に掛けられた薄布を、肌を隠すようにかけ直し、不思議そうなその顔に笑みが漏れる。
国民を守ることが第一ではあるが、それでも今後起こりうる、多くの重圧から彼女を守ろう。
一人で涙を流すことが無いよう、辛い時や悲しい時は常に彼女の側に居よう。
そして命ある限り、一生をかけて彼女を幸せにしよう。
俺は……幸せだ。
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