あの日の再会 5日目
夕日がほんの少し沈み、舞台に立つ姿にようやくを向けられるようになった。
小柄な体躯にふわりとしたスカート。風と夕日を受け、どこか不思議な光を透かしている。
頭の中を探り、どの家の令嬢だったかと考えるも当てはまらない。
「料理を御前へ!」
下から響く衛兵の声。連日思っていたが、あれは声色が険しすぎるだろう。何人もの女性がびっくりしてしまっていた。
カインは警備上、少しの脅しも必要だと言っていたがアルフリッドには過剰なように感じた。
「料理名を述べよ!」
再び響く声に、小さく呟いたように見える。アルフリッドの位置からは距離があるため上手く聞き取れなかった。それは今までもそうだったから、繰り返される声を待つ。
「この者の料理は、野菜スープだ!」
ざわりと、嫌な空気で沸く広場。
しかしアルフリッドにはそのざわめきは届かず、ただ聞こえた料理名だけが残っていた。
初めて食べた、彼女の料理。店の看板メニューだと言っていた。
ほっとする、温かい味。そしてそれを作ってくれた彼女。
「…………ミリーナ?」
「静粛に!」
衛兵の声に静まる広場。
そして続きを聞きたいと必死に耳に意識を集めた。
「キミは、何を思ってこの料理を選んだんだい?」
カインの余所行きの声。二人の時にはほとんど聞かない、しかしこの五日間散々聞く事になった声。
「これまで参加してきた女性はみんな、宮廷料理を主にしてきたけど……何か考えがあってのことかい?」
少しの非難を含ませた声色は、普通の女性が向けられたら怯えてしまうことだろう。しかし正面に立つ女性は怯むことなく一歩踏み出し、震える声で叫んだ。
「わ、わたしは……無理してほしくないんです!」
(あぁ……ミリーナだ)
一番愛おしいと思う声。
夕日がまた少し沈み、やっと彼女の姿を逆光で隠すことを諦めたようだ。
薄水色のふわふわしたワンピース姿は、決して少女ではなく、女性にしか見えなかった。さぞ緊張しているのだろう、細い肩は震え、手もぎゅっと握り締めたままだ。
「宮廷料理が、長く続くものだって、伝統なんだってのは分かります。でも、無理して食べてもらいたくない。食事は美味しく、楽しくして欲しいんです!」
この言葉が一番、アルフリッドが求めていたものだった。
「食事は……食べたい物を、食べたい分だけ、一緒に食べたい人としたいんです!」
自分の考えと同じことを言ってくれた。そんな姿に、自分が何も返さないわけにはいかない。
「言いたいことは、終わりかい?」
そう言い立ち上がるカインと、力が抜けたのか座り込んでしまったミリーナ。
今すぐ駆け寄り手を差し伸べたいという気持ちを抑え、続きを待つ。
「これより、審査を始める」
衛兵の声にも負けない、カインの力強い声。ざわめく広場は想定内だ。
舞台袖からゆっくりと歩き、選出の儀を始めてから初めて、この舞台に足を踏み入れた。
「審査は大鷲の君一人で行う。だから、これが正しい」
満足気なカインの横に立つと、ミリーナが驚きの表情で見上げてきた。その姿にアルフリッドも同じ表情が浮かんだ。
(見違えた……)
初めて見る可憐な姿に見惚れてしまいそうになるが、今は場所が場所だ。小さく息を吐き気持ちを静める。
その様子を面白そうに見ている幼馴染は無視することにした。
「さ、二人とも位置について」
その言葉に促されるも、ミリーナはまだ立ち上がれないようなので、アルフリッドはカインと共に舞台中央の際に立つ。
「紹介します。こちらはイートリア国の王子。通称、大鷲の君です」
朗らかな声と笑顔。今まで王子と思われていた青年から発せられた言葉は到底信じられるものではなく、広場は再び喧騒に沸く。
そのまま事情を説明し、ついでなのか商店街の事件に関わったであろう女性の連行を指示した。
「大鷲の君を守る為の身代わりと毒見、それが僕の役目でした。あと、料理を無駄にするわけにはいかないので、片付けもその内ですね。最後の一人が来た今、このカイン・イートリア、役を退こうと思います」
右手を胸に当て深々と一礼。そのままアルフリッドの隣に戻り、軽いため息をつく。
「ふー、終わった。アルフ、出番だ」
ついに来た、この時。
五日間、国民を欺いてきた。それが今、初めて明かされる。
「……私は、アルフリッド・イートリア。大鷲を冠する者だ」
静まる広場。
徐に胸に手を当て、あて布を一気に剥がした。
分かる者には分かる証。遠目に気付く者も多かっただろう。
「親類であり、友であるカインの言葉に甘え、今この時まで姿を隠していた。国民を欺く形になってしまい、深くお詫びしたい」
深く深く頭を下げるが、こんなもので許されるはずもあるまい。それでも今自分に出来るのはこれだけだと思い、下げ続けた。
ざわりと声が広がり始め、それを機に頭を上げる。夕日に照らされる国民の顔には困惑が浮かんでいた。
「成人の儀が終了し、花嫁を選ぶことになった時、私は心に決めたことがあった。伴侶に選んだ女性とは、出来うる限り長く共に居たい。そしてその為の努力をしたいと」
後に居る、ミリーナの存在。
この言葉を、気持ちを、聞いて欲しい。
「どんな立場であろうとも、食を楽しむ気持ちは一緒だ。家族と共に穏やかな団欒を招くものであって欲しい。それがどんな料理であれ、愛する者と過ごす時間の糧となればいい。だが私は……宮廷料理がそれに当てはまるとは、思えない」
いつも心配していたミリーナの顔が浮かぶ。彼女の料理を食べた後の食事会は、苦痛でしかなかった。
「だから私は、毎日食べたいと思う料理を持ってきた者のみ審査することにした。私の思いを理解してくれる女性を探していた。そして最終日の最後、ようやく現れてくれた」
やっと手を差し伸べることが出来た。驚いた顔はそのままだったが、そっと手を握ってくれたことに安堵する。
「これより、審査を開始する」
自身は席に着き、ミリーナは最初の位置に立つ。
「お、王子様って……カインさんじゃないんですか?」
周りに聞かれないようになのだろう。小声で囁く姿が微笑ましく、同じように返す。
「さっきの説明通り、俺が国王の息子だ。……黙っていたことは、すまなかった」
「いえ、それは……あの、審査って、何なんですか?」
不安そうな表情だが、拒絶の色はない。理解が追いつかないようなので行動で示してしまうことにした。
「聞いていなかったか? 今までの参加者は審査していない。今初めて、選出の儀の審査が始まるんだ」
反応を待たずに食前の挨拶をし、匙を取る。小鍋は冷め始めていたが中身はほんのり温かかった。店から広場までの距離を頑張って運んでくれたのだと思うと嬉しさがこみ上げてくる。
「あの……冷めちゃって、おいしくないと思うんです。すみません」
いつもの控えめな言葉が嬉しくて、それでも自分の気持ちは隠さず言う。
「出来立てが一番美味しい、だろう? 自信を持てと何度も言っているのに」
ゆっくりと匙を口に運ぶ。待ち望んでいたこの味、温かさ。
「うん、やっぱり美味しい」
じっくり味わいたいのは山々だけれど、まだやることが残っている。名残惜しさを感じつつも、速くはない時間で食べ終え、挨拶をする。
「……食べてくださって、ありがとうございます。おいしいって、言ってもらえて……嬉しいです」
その拍子にぽろりと落ちる涙。一昨日見たものとは違う、笑みと共に。
立ち上がり涙を拭うと、頬を染めてこちらを見上げてくれる。
欺いていた自分に、王子ということを黙っていた自分に、その瞳を向けてくれている。
「ついてきてくれるか?」
今すぐにでも抱きしめたい。その思いを押し殺し、手を差し出す。
細くて少し冷たい手を重ねられ、それを緩く握って舞台の前へと誘う。
「審査は終了した。
選出の儀により選ばれたのはこの女性、ミリーナだ」
その途端、広場が一番の賑わいを見せた。その勢いにびくりとするミリーナの手を握り、大丈夫と伝える。少し困った顔で笑顔を見せ、その愛らしさに堪らなくなる。
「衛兵は警備を続けるように! 舞台上を死守しろ!」
隣から響くカインの厳しい声。
しかしそれはどこか遠くのことのように聞こえ、アルフリッドの目と耳はミリーナにだけ向けられていた。
指示を終えたのだろう、カインが二人の側に来て両手の拳を差し出す。
片方にこつんと拳をぶつけ、戸惑いながらミリーナも同じ事をする。
いつも二人でやっている仕草。応援だったり激励だったり様々な時にしていたが、今この時ほど嬉しいことはなかっただろう。
「やっとまとまったな二人共! 一時はどうなるかと思ったよ」
今日一番の笑顔での祝福。それと共に、アルフリッドの背中をばしばしと容赦なく叩くのでさすがに顔をしかめてしまったが。
その間に舞台の真下は観客が溢れ、警備兵がそれを抑えるのに必死だ。この対処をどうするかと考えていると、カインがとても楽しそうに、絶対に何か企んでいる笑みを浮かべた。
「あー……よし、ちょっとオレもやらかしてくるから、その勢いでどっか行っちゃえ」
ニヤリと笑い、舞台の際に進み、大きな声でその名を呼んだ。
「サリー! 居るんだろ? ちょっと来い!」
遥か遠くから反抗空しく連れてこられるサリー。二人に祝福の言葉を伝える間も程々に、カインの思いもよらない発言が落とされた。
「僕はこの女性、サリーと婚約を結びました。皆さん、僕らも合わせてよろしく!」
「はあっ!?」
四人が並んだその様子に写真機の光が容赦なく降り注ぐ。慌てるサリーの相手をしつつ、カインは背中に隠した手でさっさと行けと言わんばかりに振った。
「あたし聞いてないんだけど!? なんであんたなんかと婚約しなきゃいけないの!」
「全くお転婆さんだね。あぁ、キスでもすればおとなしくなってくれるかい?」
一際沸く広場。派手な仕草で注意を逸らしてくれるカインに感謝しつつ、二人は舞台裏へと走った。
ミリーナの手を引き、細い通路を足早に歩く。慣れない服装のせいか歩きづらそうな様子に、いっそ抱えて走ってしまおうかと思ったが、出来るだけ目立たないようにしたかったので諦めた。
最短距離で臨時の厩に着き、肩で息をするミリーナに声をかけた後、馬の番をしていた老人に準備を頼む。
普段は王宮で、今は屋敷で世話をしている老人は長年アルフリッドの馬を見ている長い付き合いだ。
驚く様子もなく、手早く地味な鞍を乗せ、手綱がしっかりかかっている事を確かめてからそれをアルフリッドに手渡した。
「さ、行こう」
まだ呼吸の荒いミリーナの手を取り、馬に乗せる。先日の相乗りを機に正しい乗り方を聞いてはいたが、今は訂正する時間も惜しいので変わらぬ座り方にしておいた。
「殿下、お気をつけて!」
勢いよく走り出し、背後からは老人の声。自分の正体を知る数少ない人物に見送られ、人の気配の少ない小道を駆け抜けた。
(まさかまた、こんな時がくるとは……)
夕闇が近付く空。
小道を駆けて大通りへ抜けると、儀式最終日とのこともあるのだろう。人の姿がほとんど無いのをいいことに全速力で道の中央を進んだ。
腕の中の彼女は以前よりは力が抜けているようで、きちんと胸に手を当ててくれている。
そんな彼女が口をぱくぱくとさせ、どうしたのだろうと思っていると風の音に混じり微かに声が聞こえた。
自分の家に行くのか、と聞きたかったようだ。方向は一緒だからそう思うのも当たり前だけれど、目的地は違っていた。着くまで言わないでおこうと首を振ると、少し首を傾げつつも話を続けることは無かった。
方向を確かめ、やはり閑静な道を走り続けると、下から微かな視線を感じる。やはり気になるのかと思い、きちんと声が届くようにと耳元に口を寄せた。同時に腰に回した腕も寄せてしまったのは不可抗力だと言い訳をする。
どうかしたかと聞くと、何故か驚き首を振った。そのまま俯くミリーナの首元がほんのり赤く、その様子さえも可愛らしいと思ってしまう自分に苦笑が漏れてしまう。
昨日の朝、一緒に来た湖畔。
今は空から太陽は去り、満天の星と細い月が浮かんでいた。その光をきらきらと返す湖は青く輝き、ミリーナの姿を照らしていた。
「……急なことばかりで、驚かせただろう」
馬を下りてやっと向き合い、視線を交わせた。
そのことがどうしようもなく嬉しく、こちらを見上げるミリーナの頬に右手を添えた。それはとても小さくて柔らかくて温かくて、自分の手の平にじんわりと熱が移る。
「さっき言った通り、俺が王子だ。黙っていて、本当にすまなかった。カインが言ったように入れ替わりをしていた最中だったのと、何より……」
頬に添えた手の親指辺りに残る涙の跡。
一筋だけしっかりと通るその道にそっと指を這わせる。
「正体を知られたら……もう、会えなくなると思ったんだ。今日を終えれば確実にそうなる。だから最後まで、ミリーナにだけは知られたくなかった」
自分の都合で、我侭で、彼女にどれだけのことをしてしまったのだろう。
恨まれても仕方ない。しかし、今ここに居てくれるのを信じ、心を決める。
口を開く一瞬前。自分の右手に小さな手が重なった。
「ごめんなさい。わたし……アルフさんが王族だって分かった時、ひどい態度を取りました。そのことで傷付くなんて、想像もしてなかったんです。だからちゃんと謝りたくて……」
小さな手の平が自分の手を包み、そして言葉は自分の心を包み込んだ。
こんなにも不義理な自分に、謝るなんて。隠していたこちらが一方的に悪いのに、何故そんなことを言うのか。
右手をそっと離し、少し下ろして素肌の肩に沿え、ほんの少し引き寄せた。
拒まないで欲しい。
そう願いながらの行動は、ミリーナが一歩寄ってくれたことで叶えられた。
頬と違い少し冷えた肩はやはり華奢で、その滑らかな肌に手の平をぴたりと乗せる。素肌と同じくらいの冷えた自分の手に、どれだけ緊張しているのかと呆れてしまう。
ミリーナの手はアルフリッドの胸元に添えられ、その下には王子を示す大鷲の刺繍があった。
「謝らないでくれ。もっと早く言えばよかったんだ。ちゃんと自分の口から」
自分の手の届く場所に居る。それこそが自分の求めていることだった。
愛しい想い人が今目の前に居て、自分を見つめてくれている。
自分の想いを伝えたら、彼女の日常を壊してしまうだろう。それは決して避けられない、決まりきった事実だ。
小さな彼女。
少し力を込めれば壊れてしまいそうな身体。
王宮での生活は彼女を悩み、苦しませることもあるかもしれない。
それでも……この想いは、捨てられない。
「ミリーナ」
そっと名前を口にすると、ぱちりと瞬きをし、こちらを見つめてくれる。
「……好きだ」
自然に零れた言葉。
自分の口から出るなんて思いもしていなかった。
弱く吹く風が湖を揺らし、そして月明かりも姿を変える。
高鳴る鼓動と、熱を感じる頬。
彼女の答えが、たった一瞬が待ち遠しい。
胸に置かれたミリーナの手に少し力が入り、そして待ち侘びた言葉が耳に届いた。
「わたしも……です」
ぽろりと、大きくて綺麗な涙が頬を滑る。二つの雫は輝きを保ったまま輪郭を辿り、それが零れ落ちる前に膝をついた。左手を取り、片方の手を胸の大鷲に添える。
一昨日、二人で想像したこの姿勢。あの時は無意識で、意味の無い行動だった。
しかし今は何より大事な儀式になる。
「俺と結婚して欲しい」
彼女を見上げる姿は新鮮で、月明かりが湖に映り下から彼女を照らしている。緩やかな風が服を揺らし、裾に施された刺繍が踊る。
「……わたしでよかったら、喜んで」
そっと裾を摘まみ、礼をされた。
その顔はとても綺麗で、艶やかで、魅力的だった。
熱が引かない唇で、冷えた彼女の手の甲に触れる。あまりにも熱い肌を感じ取られないようにと、微かに。
「ミリーナがいい。他では駄目なんだ」
こんなにも求めている。
こんなにも愛している。
引かない熱がそれを表しているが、それを伝えて驚かせないように気をつける。
ぽろりと再び涙が零れ、それを唇で拭ってしまおうかと思ったが、止めておいた。
立ち上がり、愛しい彼女の涙を自分の頬に纏わせた。
「……ルイ君?」
温かみを感じていたところに思わぬ邪魔が入った。長年の愛馬、ルイーズだ。
身内と認めてくれたのは嬉しいが、時と場合を考えてくれないものか。そう言うことは出来ないので一言、自分より近付いたことに対してだけ文句を言っておく。彼女に笑われてしまったが、不思議と心地よい。
「くしゅっ」
可愛らしいくしゃみの音。
「大丈夫か? だいぶ冷えてきたな」
夜の湖畔は堪えるのだろう。一向に熱が冷めやらない自身には何の問題も無いが、薄着のままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
しかし普段と違う姿のミリーナを見るのは新鮮だった。
「いつもと雰囲気が違うから、驚いた」
その言葉にはっとし、何故か頬を染めながら説明をされた。
「サリーが着せてくれたんです。受付でいきなり引っ張られて、びっくりしちゃいました……」
何故かと首を傾げていると、突然そわそわしだし、裾を撫でたり下を向いたり忙しそうだ。
「あ、あの……大丈夫ですか? 変じゃないですか?」
「似合ってる。ただ……」
潤んだままの瞳に不安げな表情。慣れない格好に落ち着かなかったのかもしれないが、その表情は頂けない。
「肩、出しすぎだ」
自分の上着を肩に掛け、その流れのままに胸に寄せ、華奢な身体を抱きしめた。
「ご、ごめんなさい」
「……このまま戻って、他の男に見られたりするのが嫌なんだ。それくらい、綺麗だ」
自分だけが見るならばいい。しかしこの後を考えるとそういう訳にはいかない。
それに、この表情は……今の自分には刺激が強すぎる。
見たいけれど、見たくない。
そんな微妙な心境を抱きつつ、ほんのり温かい身体と、柔らかな頬をこの身に感じることにした。
時間にして数瞬か、それとももっと長かったのか。二人しか居ない湖畔でのひと時は体感でしか計ることが出来ない。
この後、大きな仕事が待っている。
カインが引き付けてくれたお陰で今この時を堪能できているが、いつまでもこのままではいられない。
名残惜しいどころではないがそれを押し殺し、ゆっくりと温かな感触を離していく。
「そろそろ戻ろう。ミリーナが風邪をひいたら嫌だし、それに……」
続けようか誤魔化そうか……悩む間にミリーナが少し首を傾げ、その愛らしさにため息が出る。恐らく無自覚であろうその行動に釘をさす意味を込めて、本心の一欠片を口にした。
「止まらなくなる」
前髪の上から額に口付けし、そのまま一歩大きく下がる。
意味は伝わっただろうかと顔を向けると、ミリーナの頬は真っ赤で、慌てて首をこくこくと振っていた。
「も、戻りましょう! きっと皆さん、アルフさんのこと探してますよ!」
意味が分からないほど初心ではなかったかと、内心ほっとする。
ここで再び首を傾げられてしまったら、説明するにも骨が折れたことだろう。
こういう心境の機微はできることならば口にしたくない。察してくれというのも我侭なのだろうけれど。
あまりにも過剰な反応に、普段ならば意識することもない悪戯心がくすぐられ、一言添えてみる。
「俺と、俺の花嫁をな」
案の定赤くなった頬はどこまで染まってしまうのだろうか。興味は沸いたがあまりにからかって困らせるのも可哀想だ。
カインにからかわれるサリーの姿を思い、ここらでやめておこうと決めた。
最後に、馬に乗る際隠していたことを話した。相乗りの仕方についてだ。
すると笑みを浮かべ、手を差し出しながら、どこか面白そうに言った。
「きちんと乗ったほうがよければ直します。けど……今日はまだ慣れてないので、さっきと同じでいいですか?」
その不敵な笑みに、もしかしたら彼女を近くに感じたかったという思惑がばれてしまったのかと思ったが、今になってしまえば知られて困ることではない。
「……ああ。少し急ぐから、しっかりつかまっててくれるか?」
その言葉に、身体を寄せてはくれたもののどこかまだ距離を感じ、不自然に離していた顔を自分の胸元に押し付けた。
「しっかりって、言っただろう?」
愛しくて恋しくて、望みに望んだこの距離。
この鼓動が聞こえているだろうか。
願わくば、この気持ちも伝わるよう願って。
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