あの日の再会 1日目

 夕暮れが迫る広場に、最後の参加者が階段を上る。

 係の者から知らされていた人数に合わない、前情報が何もない状況で続けられる事態に、舞台袖で控えるアルフリッドの心中は決して穏やかではなかった。

 今までの参加者のようにしずしずと……しかしどこかたどたどしい足取りに注視していると、ようやく辿り着いたと言わんばかりに肩の力が抜けたように見えた。

 その姿は夕日を背負い、正面から見ているというのに影の形しか分からなかった。


(終了時間間際の参加者か……できればこれで最後にしてもらいたいものなのだが)


 カインの負担を考えるとこれ以上続けることは避けたい。

 そろそろ日も暮れ、最悪の場合明日に延期ということにもなりうるだろう。


(……こんなに大掛かりな儀式をしても、俺はここで花嫁を決めることは出来ない)


 分かりきった結果。

 自分の思いを親友に打ち明け、その協力を得てこの場に居る。

 国民を欺く行為をしながら結果が出せないだなんて、それこそ王族として、いや人としてあってはならない行為だ。

 唯一の可能性は自分の想い人がこの場に来てくれることくらいだが、はっきりと不参加の意思を聞いた身としてはそれも望めない。


(どうしてこんなに……焦がれてしまうのか)


 この、身体に満たされる感情に戸惑いながら、その想い人との日々がふいに頭をよぎった。


 始まりは本当に、偶然としか言えないだろう。

 広場から屋敷に向かう途中、大勢の観客に追いかけられ、行き先変更を余儀なくされた。

 そのままひと気の無いほうへひた走り、その途中、カインの体調が限界を迎えてしまった。

 馬車を降りたすぐそばに見つけた、陽だまりを抱えつつひっそりと佇む裏庭。

 その柵の前で立ち止まっていた時、背後からかけられた小さな声。

 驚かせてしまったのだろう、思わず発してしまった鋭い声にびくりとしていた。

 それ程に自分の気持ちは焦っていた。

 親友をこんな目に合わせている事への後悔、せめて早く楽にしてやりたいけれど手段が浮かばない事への落胆。

 そして何より……何も出来ずに責任を背負うこともしていない自分への苛立ち。

 それらの不安からなのか……気付いたら、縋っていた。

 突然なこちらの要望を、彼女はすぐに受け入れてくれ、足早に中へと招いてくれた。

 見ず知らずの、明らかに面倒事であろう自分たちの事を。

 いくら暗くない時間とは言え、見知らぬ男を自宅に入れるという行為は簡単なことではないだろう。

 しかし彼女は躊躇うことはなかった。

 それを無用心と言うか人助けに懸命と言うかは人によるだろうが……その時の自分は本当に、心の底から感謝した。

 その後、薬と休む場所まで提供してくれたことには驚きと有り難さと……少しの心配が浮かんだ。

 きっと今までよほどいい人達に囲まれていたのだろう。

 用心とは無縁の生活だったのかもしれない。その人の良さに甘えてしまった身としては口に出せようはずがないが、もう少し、少女の一人暮らしに警戒心を持ったほうがいいのかもしれない。

 そして……彼女の料理を口にしたら、それだけでは無くなった。

 偏っていたはずの自分の好み。それを完璧に満足させた料理に初めて出会った。

 その驚きをぐっと抑え、動揺を悟られないよう静かに食べ進め最後に礼を言うと、彼女はとても驚いていた。

 そしてその顔はとても嬉しそうで、それを向けられたこちらも嬉しくなっていた。

 その様子をからかわれもしたが、不思議と不快な気持ちは浮かんでこなかった。

 夜、食事会を終えて屋敷に戻ると、ふとその味を思い浮かべた。

 どこかほっとする味と、少女。

 こんなことが起こるんだなと、偶然に感謝した。



(親切な少女……でも、少し危なっかしい。最初はそう思っていた)


 きっちり結い上げた茶色の髪と、真剣な表情。カインの無茶に眉を寄せ、心配そうに薬を探しに走った姿。

 店主としては立派だったが、やはり気になってしまっていた。

 その、気になった部分もあったのだろう。翌日に改めて訪れる気になったのは。

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