あの日の来訪
選出の儀開始から五日目。
決まりによると今日、花嫁が選出される。
「ま、今のまんまじゃ無理だよなー」
早朝、雨上がりの道をガラガラと音を立てながら走る馬車の中、カインは窓際で頬杖を付いていた。
普段ならば絶対に活動していない時間帯。それでも、今日ばかりはその生活を乱す必要があった。
「坊ちゃま、もうそろそろです」
御者席の横に座るのはカインの家に勤める執事だった。昨日も雨の中迎えに来ていた彼の仕事の内容はほぼ、カインの世話である。
「ん、分かった」
手綱を握る御者は一言も喋ることなく、昨日も駆け抜けたであろう裏道に入っていった。
「少しだけだから、ここに居るように」
御者にそう言い付け、ぽかんとこちらを見つめるミリーナに声を掛ける。案の定、この控えめというか自己卑下の激しい少女は来訪を咎めた。
それと同時に、親友であるアルフリッドの存在を気にする素振りに、心の中で安堵する。
煮え切らない答えにしり込みし過ぎる態度。それが美徳な場合も有るが、今はそんな時ではない。
「少しでもアルフのことを思ってくれているなら、今日広場に来て。悪いようにはしないから」
そう耳元で囁き、ここは辞することにした。ついでに呼び名をからかうとはっとしたように焦ったのが面白かった。
「次、そこの服屋」
指し示すのはミリーナの店から大して離れていない小ぎれいな店舗だった。今度は静かに止まり、正面入り口のガラス戸から中を覗く。
「…………!!!」
「お、親父さんか?」
陳列棚の前で服を畳んでいた中年の男性がこちらに気付き、カインの出で立ちに絶句し、奥に誰か居るのか手を振っている。
「サリーじゃなきゃいいんだけどな」
コンコンと控えめに扉を叩いて入れて欲しい旨を表すと、大慌てで男性が駆け寄ってきた。
「お、お、お…………大鷲の、君、ですか!」
「どーも、朝早くにすみません」
にこやかに、余所行きの表情で挨拶をする。身内や親しい者に見せる態度とは全く違うものだが、この国の大部分が見慣れているだろう態度だ。
「な、何故、こんな……いや、とりあえずどうぞ、お入り下さい」
辺りを見回し、乗ってきた馬車以外誰も居ないことを確認すると、店内へと手招きされた。
そういえばこの店は貴族も来ることがあると聞いていた。そのせいか予想していたよりは混乱が少ないように見える。使える時間やこれから話す事柄を考えると、この対応は助かるものだった。
「失礼します……ずいぶん華やかですね。こちらは女性専用の店ですか?」
壁を彩るのは様々な色合いの女性用の衣装だった。男性用は片隅に追いやられ、よく探さないと見つからない。
「いやはや……今は儀式の最中でございましょう? 普段は男性客が多いくらいなのですが、今は女性客しか来ないのですよ」
そう言われれば当たり前かと、自分達が起こしていることを思い出した。
「して、本日はどういった……」
部屋の端にある応接用の椅子を勧められ、腰かけるとすぐにお茶を出された。
何の連絡もなしにいきなり王子が訪れるという事態はさぞ不思議なのだろう。後ろに居る妻らしき女性も不安そうな表情を浮かべている。
「今から話すことは、今日の夕方……選出の儀が終わるまで、他言無用でお願いしたいのですが、よろしいですか?」
質問している口調だが、拒否は一切許さない声色。しかしそれに怯むことはなく、二人はしっかりと頷いた。
「まず、お二人はサリーさんのご両親ですね?」
突然出てきた名前に驚きを隠せないが、そこも頷く。
それを確認してから、カインは自身の秘密を全て打ち明けた。
自分が王子ではないこと、自分は宰相の息子であること、本当の王子は他に居ること、そしてその人物の想い人はミリーナであること。
包み隠さず話し、その内容にサリーの両親は口を挟むことも出来ず、ただただ驚くだけだった。
「と、いうことなのですが……ご理解頂けましたか?」
笑顔で聞くと、二人はただただ首を縦に振るしかなかった。
「で、ですが……カイン殿が大鷲の君ではないことと、今ここにいらっしゃることに何の関係が……」
「ここまでは前提です。ここからが僕がお話したいことですよ」
店の外も、奥も、人の気配はない。そのことをしっかり確認してから、カインはにこやかに言い放った。
「娘さんを、僕にください」
伝えるべきことを伝え、それに対する答えを受け取った後、サリーが起きる前に店を後にした。
「ここ数日、サリー様は度々ミリーナ様の店に立ち寄っているようです。昨日あのようなことがありましたから、朝の内に向かうのは間違いないでしょう」
馬車に戻って裏道に移動すると、執事から調査結果を報告される。普段から何かと諜報に長けているカインらにとって、その程度は調査というまでもなかった。
「んじゃ、ここで待機。サリーが出てきたら捕獲する」
「かしこまりました」
もうそろそろ起きると考えそこから身支度の時間をみると……少しは休む時間が出来そうだと思い、執事に見張りを命じて横になることにした。
「坊ちゃま、サリー様です」
ゆさゆさと乱暴に揺り起こされると、ちょうど扉を開けたサリーが目に入った。
その後から身なりの良い壮年の男性も出てくる。
「あれは……」
親しげな様子にどこか変な気分を感じ、音を立てずに建物の影へと滑り込む。
「朝早くに悪かったね。こんな日でもなきゃ家の者にやらせるんだが」
「大丈夫ですよ。また何かあったら連絡してくださいね、おじさま」
外出着の袖を指しているから、きっと急な直しでもあったのだろう。
にこやかに話しながら広い道へ進み、乗ってきたであろう馬車に乗り込んだ。
「お父さんに宜しくね。じゃ、また」
「はい、ありがとうございました。お気をつけて!」
丁寧に頭を下げ馬車を見送る様子は、カインの知っているサリーとはかけ離れていた。
あれが普通なのか、それとも厚い外面なのかは判断できない。
馬車の姿が見えなくなると、今度はどこか焦ったような、落ち着かない様子になる。
両親が何か漏らした可能性が頭をよぎったが、ミリーナの様子を早く見に行かなければと考えているのだろうと納得する。
「おいサリー!」
影から出て声を掛けると、一瞬立ち止まったものの、そのまま走り出した。
「ちょ、なんて奴だ!」
慌てて追いかけると間一髪、ミリーナの店の手前で追いついた。
「お前……何で逃げるんだよ?」
「……」
「おい」
「御機嫌よう、カインさん」
ぴくぴくと口元を引きつらせながらの言葉に、どこか安心し、腕を掴んで馬車へ向かった。
その間中、身を捩ってみたり足を止めてみたりと無言の抵抗があったが、そんなことは気にも留めずずるずると引っ張っていった。
「外じゃまずいから、こっち来い」
「あたし、用事あるんですけど?」
「いいから、さっさと来い」
「よくない」
「ミリーナ嬢のことで話があるんだよ!」
その言葉にはっとしたのをいいことに、一気に馬車まで走り中に押し込んだ。
「きゃっ! ちょっと何すんのよ!」
「うるさい、さっさと来ないのが悪い」
馬車の中でもぎゃんぎゃん言い合う二人を見かねて、御者席の隣からオホンと咳払いをしてから声が掛けられる。
「坊ちゃま、女性にそのような乱暴をしてはなりません。そして、お時間にも限りがあるのをお忘れなきよう」
その言葉にしんと静まり、カインは静かに話し始めた。
「急いでたから、悪かったよ。んで、頼みがあるんだ」
「……えぇ、なんなりと」
「お前な、言葉と顔が一致してない。それに今更態度変えるな。
……地味に凹む」
その言葉にぴくりとし、お互い見合ってからため息をつく。
「うん、やっぱり無理。王族の人とか会ったこともないし話したことも無いから、どうすればいいか分からない」
「今はオレとお前だけなんだから、普段通りがいい」
「……分かった。ごめん」
「にしても……お前も本性はこっちか、あっちか、分からないな」
笑って言うと、サリーはむすっとした顔で答えた。
「敵と思った人間には遠慮しない、がお母さんの教育方針だから。
変なのに絡まれたりしたらきちんと抵抗しなさいって」
「なるほどな」
確かに出会いは敵と見なされても仕方なかっただろう。そして今更態度を改められたくも無い。
先程会った母親の雰囲気は温厚そうだったが、結構激しい気性の女性なのかもしれない。
サリーに内緒で会ったことは言えないので心の内に留めておいた。
「で、頼みがある」
「何よ、いきなり。ミーナに関係することなの?」
「大有りだよ」
やっと普通の会話ができるようになり、執事の大きなため息は聞かなかったことにして続ける。
「さっき、ミリーナ嬢に発破かけてきた。アルフは今日も広場に居る。そこまで来てくれればあとはオレが何とかするから、お前は身支度を手伝ってやってくれ」
「何とかって……そう簡単に出来るものなの?」
「出来る。これが広場の地図、あと警備配置も。お前はここでミリーナ嬢を待って、この部屋で着替えをさせる。その後は混乱もあるだろうから警備兵の近くに居ろ」
懐から取り出した小さな地図にはびっしりと文字と印が書かれていて、見るからに機密文書だった。
「なんでこんな地図を……これってばれちゃまずいものじゃないの?」
「そう思うなら暗記してくれ。最低限、部屋と警備兵一人覚えればいいから」
一つ一つ指差し最後に二箇所を指で叩くと、地図をカインに押し戻す。
「大体覚えたからもういい。あたしはミーナをアルフリッドさんの前に出す準備をすればいいのね?」
「飲み込みが早くて助かるな。衣装代は王宮に請求していいから、お前が思う一番のを着せてやってくれ」
再び懐に地図を戻すカインに、商売人らしい笑みを浮かべて聞く。
「いいの? 高いよ?」
「それでアルフの驚く顔が見れるなら安いもんだ」
余所行きではない表情でそれに答えると、サリーも面白そうに笑った。
御者席からコンコンと音が響き、出発時間を伝えられたのでその前にサリーを下ろし、最後の一押しをする。
「いいか、今日は気になるだろうけどこのまま帰って準備しろ。ミリーナ嬢は絶対来る。来るまで終わらせない。だから、頼んだぞ」
その言葉にしっかり頷く様子は、両親そっくりだった。
「ついでに、お前も着飾って来いよ。夜は宴だからな」
その返事は待たずに馬車を走らせ、広場への大通りへと向かう。多くの人々が同じ方向を目指し、今日の結果を心待ちにしている様子が伺える。
「よろしいのですか?」
「何が?」
執事の質問にわざととぼける。内容が分かり切っているからだ。
「親父さんには、サリーをびっくりさせたいから内密にって言ってあるからな。ギリギリまでばれないだろ」
「なんとまぁ……」
呆れ果てたものの、長年仕えている為驚きもしなかった。カインもそれを分かっているので、話を儀式に持っていった。
「アルフ、どうなると思う?」
「ミリーナ様がいらっしゃるかも分からないというのに……殿下のお考えは坊ちゃまほど単純ではありませんからね、執事ごときにはなんとも」
「来るよ」
石畳を鳴らしながら、目的地は目の前だ。すでに多くの人で埋め尽くされる広場は遠目にも鮮やかで、その中央にある舞台の椅子は静かに主を待っていた。
「オレの親友とサリーの親友、くっつかないわけないだろ」
何を根拠にとため息をつくものの、不思議と説得力のある声に、そうかもしれないという思いが浮かんでくる。馬車が静かに止まる直前、執事は小さく呟く。
「坊ちゃまは、お父上の跡を立派に継げますよ」
「当たり前だろ」
自信に満ちた表情で下りたその先には、アルフリッドが落ち着かない様子で到着を待っていた。
「アルフの右腕はオレで、オレの右腕はアルフなんだよ」
軽やかな足取りで向かうと、ほっとした顔のアルフリッドが服や髪を整え、急ぎ足で舞台へ進んだ。その後姿を見ながら、執事は一人ため息をついた。
「無茶をする坊ちゃまですが……サリー様、頼みますよ」
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