6日目 穏やかな昼下がり
花嫁選出の儀も無事に終え、この日の新聞は大々的にそれを取り上げている。
青い髪の青年を王子と報道していた新聞は大いに慌て、その訂正に文章の数割を割いていた。
またある新聞には、広場にて行われた夜の宴の最中ようやく姿を現した王子と花嫁は、白馬の上で寄り添い喧騒に圧倒されていた、と書かれている。ついでに王子の服に薄紅色の口紅が小さく付いていたことも。
宰相の息子についても取り上げられ、王子と同じく整った容姿と気さくな性格に将来を有望視されている。もちろん、婚約者が出来たことも書かれていた。
様々な事が書かれたたくさんの新聞や号外が、閉店の札を下げた店内の机に散らばっていた。
「なんでこんなことになっちゃったのよぉぉぉ!」
ばんと机を叩き絶叫するのは、目を怒らせたサリーだった。
「そんなかっかするなよ。受け入れろー」
「受け入れるわけないでしょ! 大体なんであたしの親には話して、あたしには話してなかったのよ、信じらんないっ」
話によると、夜の宴で両親を見つけたサリーが慌てて説明に行くと、式はいつにするだの店は心配するなだの、涙ながらに喜んでいたらしい。
「親の許可は必要だろ? 店にはちゃんとした奴を送っておいたからサリーが心配することは無いよ」
「あたしはあの店を継ぐつもりで居たの、大事なの、わかんない?」
「義父さんが引退する時権利はサリーに移るようにしてある。雇われ店長ってだけで店自体はお前のもんになるよ」
「そういう問題じゃないーっ!!」
頭を抱えて喚くサリーに淡々と書類を差し出し説明するカインの様子に、ミリーナは苦笑を隠せない。
しかしそれよりも気になることがある。
「あの……お二人、何で来ちゃってるんですか?」
ミリーナの隣にはアルフリッドが腰掛けていて、楽しそうに二人の様子を伺っていた。 昨晩、広場に戻ると宴の真っ最中で、着いた途端に舞台上に上げられお披露目となった。
自分の名前と年齢以外語られることも無く、ただそこに座っているだけだったので、いつもと見た目の違うミリーナに気付く者は少なかった。無論、常連客には知られてはいるが、騒ぎ立てるような人々ではない。
そのおかげで今日も自宅に居れる訳だが、何故か昨日までと同じようにアルフリッドとカインが訪れたのだ。
「まだ正式ではないにしても、妻の元に来るのはいけないことか?」
微笑みながら問う姿に何も言い返せない。触れそうで触れない距離に座り、賑やかな二人を眺めるその横顔がとても穏やかで嬉しそうで、気付かれないようそれを見つめる。
(王子様と、次期宰相様、か……)
自分と関わりなどあるはずがないと思っていた人物が、自分の店で寛いでいる。そのことがちょっと不思議で、面映くて、つい笑ってしまった。
「どうかしたか?」
怪訝な顔で聞くアルフリッドになんでもないと返し、厨房に入った。さすがに店は開けないが自分達の為にケーキでも焼こうと思ったのだ。
いつものように準備をしていると、それに気付いたアルフリッドもそれを手伝い始める。
「あの……座っててください?」
「どうしてだ?」
「王子様に手伝わせるって……なんか、変な感じです」
昨日までの、身分の違いがお互いの距離という意味ではなく、ただ単純に思ったことを口にした。その目線の先に、簡易的な外出着の胸元で小さな刺繍が輝いている。
「それを言うなら……王子の妻を手伝う事が可笑しいことか?」
「ええっ?」
一晩寝て、いつもの朝を迎えた為か、すっかり忘れていたその名称に思わず声を上げる。挙式はまだまだ先になり、住居についても何も決まっていない状況で意識するほうが難しいのかもしれない。
「そうだぞーミリーナ嬢。ついでに言えばオレの親戚にもなるな」
書類を手に顔をしかめているサリーをよそに、カインが楽しそうに声をかけた。
「じゃあ、サリーも?」
「そうなるねー」
「ちょっとミーナ! あたしは結婚するなんて認めてない!」
再び噛み付きだしたサリーの相手はカインに任せ、ミリーナは隣のアルフリッドに向き直る。
「妻……て言われると、やっぱりまだ実感が湧かないです」
「構わない。いきなりだから俺だってそうだ。ただ……」
調理台に置かれたミリーナの手を取り、自身の口元に引き寄せると、薬指にそっと唇を落とす。
「誓いは忘れないでくれ。実感が湧かないなら、何度でもするから」
自分にしか聞こえないように囁くと、くすりと笑って準備を再開する。ミリーナは小さく口を開いたまま頬を染め、機嫌よく手を動かすアルフリッドを見上げて言った。
「……明日にはまた、忘れちゃうと思いますよ?」
その言葉に驚き、同時に笑みを浮かべたことに満足し、二人並んで昼下がりのケーキを作ることにした。
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