あの日の再会 3日目

 夕方の風が幕を揺らす。

 その影に控える自分の姿を炙り出そうとしている様に。

 選ばなければいけない立場で、選ぶ場所に居ない。そんな矛盾を責められているように感じ、そしてその事に救われていた。

 想うべきではない想い人。

 それを自覚したのは、あの時だったのかもしれない。 


 三日目ともなると、選出の儀の参加者が増えてきて、それをどうにか終わらせると時刻はもう夕方だった。

 馬車を停めるとカインの調子が良くないようだったので、そのまま帰るというのも考えた。

 しかし、カインの言葉と……なんとなくの自分の気持ちに押され、先に行くことになった。

 涼しいというより、少し肌寒い風。

 室内に居ればそうでもないのだが、水仕事も多いだろう彼女は平気だろうか。

 そんなことを考えながらの道のりは、あっという間だった。

 昨日は無用心すぎるほどに開け放たれていた扉が、今日はきっちり閉ざされている。

 夕闇も近付く時間なのに、中には一つも明かりが灯っていなかった。

 何かあったのだろうか?

 警戒心の薄い彼女を思うと、姿を確認するまで安心することが出来なかった。

 静かに中に入り、見つけた彼女は床でとても小さく丸まっていた。

 膝を抱え、顔を埋め、細い肩もすぼめて。

 頼りない声と仕草に疑問を抱き、赤く汚れた膝に慌てると、制止の声が響いた。

 そして現れた真っ赤な顔。

 目も頬も赤かったが、その中で左の頬が一際赤い。叩かれたと、一目で分かった。

 湧き上がる感情を懸命に押さえつけ、急いで手持ちのハンカチを濡らすが、自分の頭にどんどん血が上っていくのを感じた。

 何があったのか、何故そんなことになったのか……どうして隠すのか。

 頭を巡る疑問と熱を沈める為、聞こえないよう深く呼吸をする。

 今はそんなことより冷やすこと、痛みを和らげること。

 そう思えるようになり、氷でもあればと思ったが場所が分からない。

 今は仕方ないと濡らしたハンカチだけを手に戻った。

 見られたくないと何度も首を振る彼女は、こんな時に思うことではないが……やはり子供っぽく可愛らしかった。

 どうにか顔を上げてもらい、そっとハンカチを宛がうと、小さく吐息が漏れる。

 痛いのかと慌てたが、そうではなかったようだ。

 そのまま静かに、何があったのかを聞く。

 その話は思いもよらぬもので……自分のせいで、彼女が傷付いたと知った。

 選出の儀なんかをしたばかりに、対処が不十分なばかりに、自分は彼女の身体と、心を傷付けた。


 ……もう、会わないほうがいいのかもしれない。

 あと二日で、この関係は必ず終わる。

 彼女は何も思わないかもしれない。でも、思って欲しい。ほんの少しでいいから。

 しかしそれは願うべきではない願いと分かっている。

 その時だった。

 彼女は何故かごめんなさいと、言った。

 こんな隠し事ばかりの自分の事を、いい人だと言った。

 求めていた言葉だったのか、そうでなかったのか、よく分からなかったが苦笑が漏れた。

 不安げな表情の彼女に、自分の思いを告げる。

 身分を気にしたくない事、この場所が好きな事、彼女と、彼女の御両親の考えが素晴らしいと思う事。

 きっと貴族が口にすべき言葉ではないのだろう。まして自分は王族だ。

 しかし、その時言った言葉が自分の全てだった。

 その言葉に対する彼女の微笑みがとても愛おしく、かけがえのないものに感じて……

 きっとこの時、自分は彼女を想うことになったのだろう。



(俺は……責められたかった)


 選出の儀に姿を見せず、背負うべき物はカインに持たせたままだ。

 こんな自分を誰かに責めてもらいたかった。

 自分で間違っていると分かっているものを、誰かに指摘されたかったのかもしれない。

 そんな思いを知っての言葉な訳がないが、だからこそ、彼女の言葉は胸に沁みた。

 痛いような、温かいような、感じたことのないものだった。

 それを再び求めていたのか、やはりまた、足は彼女の元へ向かっていたのだ。

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