3日目 非常識な商店街
ミリーナは予定通り、昼すぎに買出しに向かった。
曇りがちで湿気を多く含んだ不快な天気。なんだか嫌な予感がしたが気のせいだろうと思い、一昨日の教訓を生かして早めに店を出た。
(虫の知らせだったのね)
露骨にうんざりとした表情のミリーナの周りを、煌びやかな服装の女性が取り囲んでいた。
「あなた、さっき買い物をしてたわよね?」
一際目立つ金髪の女性。燃えるように赤いドレスを纏う姿からは、威圧感が発せられていた。
「そうですけど……それが何か?」
「その荷物、見せなさい」
「……見てもつまらないと思いますよ」
選出の儀の初日もこんなことがあった。その時はこんなにも大勢ではなかったし、こそこそと周りを気にしながらやっていたものだが……
(ずいぶんと大っぴらになったものね)
ここは店の並ぶ大通りから一本入った道。普段から人通りのある場所だ。
「そんなのは貴女が決めることではないわ。さ、早くお見せなさい」
躊躇っていると、周りに並ぶ女性達が一歩足を踏み出した。
「はぁ……これでいいですか?」
大きな布袋の口を開き、中を見せる。いつものように野菜がごろごろと入っていて、貴族風の女性には全く魅力に感じられないものだろう。
「……貴女、嫌がらせでもされていらして?」
「そんなことは全くありません」
「じゃあ、何故こんなに野菜ばかり買っているのかしら」
「料理に使うからです。食堂を営んでいますので」
「まぁ! こんなに小さな子が! 貴女、学校は?」
いちいち大げさな仕草で質問攻めをした結果、どうやらこの女性はミリーナを学生だと思ったらしい。
「……学校は四年前に卒業しましたが」
「え? 貴女、えっと……十六歳だと言うの?」
「そうですが、何か問題でもありますか?」
ミリーナにとってはあまり触れられたくない話題である。つい対応がぞんざいになってしまうのは仕方の無いことだろう。
「と、いうことは……貴女も選出の儀に参加するのね!」
「いえ、しません」
「まぁ、そんな分かりきった嘘なんかついて! 大鷲の君にお近づきになれる機会をみすみす見逃す者が居るわけないじゃない! 貴女、そんな嘘で騙せると思ったら大間違いですわよ!」
きっぱりと断ったが、目の前の女性は全く信じていないようだ。
「はぁ……信じてもらえなくてもいいですけど。仕事がありますからもう帰っていいですか?」
「ちょっと待ちなさい。……そうね、その野菜を置いていきなさい。大鷲の君に献上する料理に使ってあげるわ」
潰れやすいからと上のほうに置いていた真っ赤な野菜を目にし、嫌らしい笑みを浮かべて言った。
「結構です、使うなら自分で買ってきてください。わたしは王子様には興味ありませんから」
「なっ……大鷲の君に対してなんという事を! 無礼だわ! そんな貴女に料理をする資格はありません、荷物を置いてさっさと店をたたみに戻りなさいな!」
「荷物は持って帰ります、大事な食材ですから。それに、お店をたたむ気なんて全くありません」
「なんて生意気な子なの! 平民風情が、身分を弁えなさい!」
「――――っ!」
パシン、と頬に衝撃を感じたミリーナは体勢を崩し、運悪く袋の端に膝を付いてしまうと、中に入っていた赤い野菜はぐじゅっと潰れてしまった。
「あら、渡すくらいなら捨てるというの? 食べ物に感謝できないだなんて、よほどひどい親に育てられたのでしょうね。あぁ、もうこの子は用済みよ、行きましょう?」
口を開けないままふるふると肩を震わすミリーナに汚らしいものでも見るような視線をぶつけ、女性達はそのまま大通りへと戻っていった。恐らく、同じようなことを続けるのだろう。
じんじんと痛む頬は熱を持ち、ずきずきと痛む膝は野菜の水分でじっとり濡れている。
「…………」
服についた埃をぱんぱんと叩いて布袋を背負いなおすと、通行人にじろじろと見られながら足早に帰り道を辿っていく。
警備兵に連絡するのも、誰かに話をするのも億劫で、ただ黙々と足を進めていった。
雲に隠れた日が傾き、薄暗さが増していく中、ミリーナは自分の店に辿り着いた。
ポケットから鍵を出し、滑りの悪い鍵穴に通し音を立てて回す。扉を開けると、空っぽの店内にベルの音が虚しく響く。
予定より長くかかった為、そろそろ常連客が訪れる時間だが、明かりが灯っていないからか客が来る気配はない。
「…………ふー」
細く細く、長く息を吐いた。
食材を保存庫にしまわなきゃいけない。それに料理も早く作らなければ。あぁ、そもそも先に着替えをするべきか……。
頭の中では考えているのに、身体は全く動く気がしない。布袋をどさりと床に置き、自身も壁にもたれてずるずると座り込んだ。
「…………」
宙を見て考える。さっきの貴族風の女性の言葉を。
自分を子ども扱いしたことはむっとしたけどどうでもいい。
王子様の嫁探し、食材を要求されたこと、頬を叩かれたこと……。全部気分が悪くなる。
でも、それよりも一番言われたくなかった言葉。
『食べ物に感謝できないだなんて、よほどひどい親に育てられたのでしょうね』
何故、そんなことを他人に言われなければいけないんだろう。自分が一体どんな悪事を働いたというんだろう。
聞き流せない言葉。飲み込めない不快感。今にも溢れそうな怒り。
どこにぶつければいいのかも分からない。そもそもぶつけるべきではないことは分かっている。
「…………ふー」
ぐっと手を握り、深呼吸。怒りも不満も早く静まれと願いながら繰り返す。しかし、何度繰り返しても一向に気分がよくなる気配はない。
「……もう、嫌」
ぽつりと、呟いてしまった。
それがきっかけになってしまい、ミリーナの目からはどんどん涙が溢れてくる。せめてもの意地か、声を上げないように嗚咽を飲み込む。
ぽろぽろぽろと、涙は止まりそうにない。
小さな身体で小さく声を漏らす姿は薄暗い空気に紛れ、外からは目を凝らさない限り見えないだろう。
日はその間にも傾き続け、店内を染める薄闇はミリーナを隠し続けた。
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